新たなミツバチの敵スモール・ハイブ・ビートル(SHB)
スモールハイブビートルとは?
1998 年、アメリカ南部フロリダ州の多くの養蜂場の巣箱の内に体長約 1cm の奇妙な幼虫らしい生物が大量に見つかったが、後にサハラ以南のアフリカ大陸を原産地とするスカヴェンジャー (scavenger beetle=がむし類)と呼ばれる甲虫類の 1 種スモールハイブビートル( Small hive beetle=学名 Aethina tumida)の幼虫であることが判った。
成虫は約 5mm の黒い甲虫で無害である。しかし巣箱に入り込み巣房に多数の卵を産む。1 匹の平均産卵数は約 2000 に達し、24〜48 時間で幼虫に孵化する。幼虫は巣脾にトンネルを穿ちながら貯蜜・花粉・ミツバチの幼虫や蛹まで食い荒らし、排泄物で蜜を発酵させて人にも蜂にも利用を不可能にし、遂には蜂群全体の逃去を引き起こす。空になった巣箱の巣門から、発酵して薄まった蜜が流れ出す光景が見られる。スモールハイブビートル(以下 SHB)は、フロリダ州だけで最初の発見から 2 年間で約 2 万群の消失を招くと同時に、アメリカ南部・東部各州に拡がりを見せた。SHB が原産地アフリカからどのようにアメリカ大陸に到達したかは判っていないが、アメリカ国内での急速な生息域の拡大は、移動養蜂に原因があると考えられている。
しかし SHB の成虫には翅があり、15km 程は移動するとみられている。また幼虫は蜂蜜だけではなく熟した果実なども食料にする。つまり、ミツバチの巣箱の外でも繁殖するので、ミツバチの移動とは無関係に生息域を拡げてゆくことも可能である。
アメリカ以外では、オーストラリアで 2002 年、ハワイ州で 2010 年に確認された。
ただし、オーストラリアの専門家達は 2002 年より以前に侵入していたが、大きく生息域を拡げた 2002 年までは発見できなかった可能性が高いと考えている。サハラ砂漠は越えないと考えられていたが、現在ではエジプトでも定着している。
EU を始め SHB の侵入を許していない各国は、東南アジアの寄生ダニ Tropilaelapsclare と共に、この害虫の侵入を強く警戒し厳しい検疫体制を敷いている。オーストラリアは パッケージビー (量り蜂 )を チャータ ー航空便で世界中 に輸出していた が、 2002年以降は条件付きでの 女王蜂以外の輸出を断念する結果になった。不思議なことに原産地アフリカでは深刻な被害は無い。何らかの他の原因で弱体化した群に侵入して崩壊させることはあるが、健康群へは SHB は侵入しないと言われる。
アフリカミツバチが侵入者に対する強い警戒心と攻撃性を持っていることが関係していると思われるが、同じ西洋ミツバチを飼うオーストラリアでもアメリカのような大きな被害はなく、むしろ量り蜂や女王蜂の輸出が制約を受けるようになったことに
よる経済的損失の方が大きいと言う。原産地・侵入地域共通に、「強群が被害を受けるこ とは稀である」と言われる。
両国の家畜衛生当局は、群を常に強勢に保つことを勧めている。周囲の環境も影響する。アメリカでは南部の亜熱帯地域で被害が大きく、オーストラリアではシドニー以南では被害報告が無い。成虫・幼虫共に気温 15℃、湿度 50%以上で活動が活発になる。しかしそれ以下の冷涼な地域でも、死に絶えることはない。活動は停止するが、冬眠状態に入り、環境が良くなるまで待つ能力を持っている。越冬中の蜂球のなかにさえ潜り込むと言われる。原産地の気候では形成されない蜂球を利用する習性は、新しい侵入地で獲得さ れたものと考えられている。
生態とライフサイクル
成虫は体長約 5mm の黒褐色で、6 ヶ月以上生存する。巣箱内どこでもかなりの早さで自由に動き回るが、巣箱の底で後方隅に好んで集まる。雌は巣箱の割れ目・裂け目に産卵する。卵は 24〜72 時間(温度で変わる)で孵化し、白い蛆の幼虫になる。
幼虫は花粉とはちみつで栄養を摂りつつ、巣脾にぬるぬるした粘稠性の汚物を残す。(この排泄物によって貯蜜は発酵し、食用にもミツバチの飼料にも使えなくなる。)幼虫は 10〜16 日後、蛹化直前に巣門から這い出して近く の土の中 に潜 って 繭を作る 。
潜り込むのに適した土壌が見つかるまで、 100m 以上這い回ることもある。
蛹の期間は 3〜4 週間で、羽化後はすぐに交尾して再び巣箱内へ侵入する。交尾後約 1 週間で産卵を始める。一匹の雌は約 2000 個の卵を生むことができる。こうして温暖な季節の間に 4〜5 回の世代交代を果たし、冬の間は冬眠状態で過ごすこともできる。(本来は亜熱帯の昆虫であるが、温帯での生存能力もある。)
我が国への侵入・定着の可能性
量り蜂の国際取引は、すでに両方で SHB が定着しているオーストラリア→アメリカ間以外では現在行われていない。蜂が振るい込まれるパッケージに、 SHB 混入の危険性があるためであるが、女王蜂の輸出入は新たな条件付きで引き続き行われている。
女王蜂輸入国の多い EU の示す衛生条件は次のようになっている。
- EU 域内への輸入は指定第 3 国からのみ認める。(我が国の場合は、ミツバチの輸入に関する衛生条件を取り決めた国からのみ可能)
- 指定された第 3 国であっても、輸出用女王蜂生産養蜂場の周囲 100km 以内に SHBが存在しないことの政府機関の証明書を付ける。
- 新しい輸送王かごが使用され、かつ一定数 以内のエスコートビー(付き添い働き蜂が 1 匹ずつ人の指でつまんでカゴに入れられること、その後王かごは出荷まで蜂群との接触が一切無いような輸送法を採用することが条件になっている。
(幼虫や成虫の混入を避けるともに、王かごへの産卵を未然に防ぐための処置)
SHB に関しては、我が国の輸入条件も EU と大きな違いはない。ただ、 EU 委員会が警戒レベルの高い未知の有害昆虫として「届け出伝染病」に指定しているのに対して、我が国農水省は、 SHB を「家畜伝染病予防法」にも、各国との間に結ばれた「日
本向けに輸出されるみつばちの家畜衛生条件」にも触れていない。
ミツバチに関する農水省の検疫指針は、世界の疫病事情とかけ離れたままになっていてトゲダニのようなその他の未知の危険害虫にも特に対策が採られていない。(ミツバチ検疫の問題点はトピックス「女王蜂の輸入はなぜ止まったか」に記述)
SHB が沖縄や南西諸島などに侵入すれば大きな被害を出す恐れがあるが、輸入女王蜂だけを検疫対象にしても対策が万全とは言えない。巣蜜やその他の養蜂生産物・資材あるいは養蜂とは無関係の農産物や材木などもキャリアーになる可能性がある。
カナダへはミ ツロウの輸出によって侵入したと考えられている。少なくとも届け出伝染病に指定した上で、この害虫の存在を一般に知らしめることが防疫対策のまず第一歩であろう。
SHB 対策
幸いにも我が国はまだ侵入を許していないが、一度定着すれば根絶させることは不可能であり、被害を最小限に納める対策を講じる外にない。参考までに、アメリカで実施されている各種の被害防止対策・駆除法を紹介する。
採蜜用蜜巣・空巣脾などの管理
方法 | 理由 |
持ち帰りの蜜巣は 2 日以内に分離する。蜜蓋もすぐに溶解処理する。 | ミツバチがいないために自由に行動 できる。増殖が早い。 |
巣脾を 24 時間 − 12℃以下に冷凍 | 卵・幼虫・成虫のすべてのステージを殺す。 |
巣脾の保管は湿度 50%以下の風通しのよいところで行う。 | 孵化率が下がり幼虫の発育も遅れる。 |
採蜜場は毎日清掃して常に清潔に保つ。 | SHB の成虫を誘い込まないようにする |
採蜜場床近くに蛍光灯を設置することで幼虫をトラップすることができる。 | 採蜜用に集められた巣脾から、幼虫が蛹化場所を求めて夜間集まる。 |
蜂場での対策
方法 | 理由 |
SHB に侵された巣脾を健康群に戻さない。巣脾の差し替えも最小限度とする。 | SHB の伝播が拡がる原因のひとつ。幼虫や成虫がいなくても卵がある可能性あり。 |
各蜂群の衛生行動( SHB の成虫・幼虫を撃退する能力)をモニターする。 | SHB 抵抗性のある系統の蜂群を拡げる。(例=アフリカミツバチ) |
巣箱はできるだけ岩の上か固い粘土質の上に設置する。 | 蛹化しやすい場所を避ける。ライフサイクルを遮断する方法。 |
SHB に侵された蜂群の周囲土壌にペルメトリン(殺虫剤)を散布する。 | 蜂群に幼虫がいる時が最も効果的 |
蜂群に他の病害虫によるストレスを与えないような管理を心がける。 | 弱群は SHB 侵入の標的になりやすい。 |
抜け節や割れ目の無い巣箱を使用する。古い箱は早めに処分する。 | このような巣箱は成虫の隠れ場所になる。 |
市販の各種トラップを利用する。 | ※① 巣箱に侵入する成虫の数を減らす。 |
チェックマイトの緊急使用登録※②がなされている州は使用しても良い。 | ミツバチには安全で SHB に唯一有効な化学合成の薬剤。使用を誤ると人体にも急性毒性のある有機リン系クマホス |
※① SHB がミツバチより小さいことを利用して、ミツバチは入れないが彼らを迷い込ませて出られなくする各種のもんどり式トラップがある。