ミツバチの栄養学Ⅱ

欠かせない栄養=花粉

 欠かせない栄養=花粉ミツバチにとって、花蜜と花粉は欠かすことのできない食料である。
 花蜜がもっぱら活動を維持するためのカロリー源であることに対して、花粉は次世代を育てるためのタンパク源としての役割を担っている。花粉のおおよその組成は、タンパク質 25%・糖質 40%・脂質 4,5%に加え、ミネラル、ビタミン類が幅広く含まれている。
一匹の幼虫が成虫になるまでに、130mg の花粉を必要とする。成蜂の体重は 100mg であるから、飼料効率は 130÷100=1.3 と驚くほど良い。(良いとされる肉用鶏でも、1kg の体重増加には 2kg の配合飼料を必要とする。)
 100%花に依存しながら進化してきたミツバチに対して、植物もまた、ミツバチの栄養バランスを保つような花粉を提供するように共進化したのであろう。1 群が集める花粉の量は、推定で年間 15kg〜30kg と云うのが定説になっている。
 ベテラン養蜂家がこぞって花粉源植物を重視するはずである。花蜜(ネクター)は基本的には水分の多いショ糖液であり、働き蜂の間の口移しで濃縮されてゆく過程で、唾液中の消化酵素によって、エネルギー源となる単糖類(ブドウ糖・果糖)に転化される。
したがって、自然界の蜜源が枯渇した場合には「砂糖液」を補給することで、成蜂のカロリー要求をほぼ満たしてやることができる。
 しかし、幼虫の成育に欠かせない花粉に代わる栄養源は容易には見つからない。花粉の組成は複雑で、わずかな種類の混合物の代用食で間に合うものではない。ところが、いわゆる高タンパク食品などと比べても、花粉のタンパク質含有率は意外にもそれほど高いものではない。どうやら高タンパクの飼料を与えさえすれば、産卵・育児が進み、蜂が増えていくと言うような単純なものではないらしい。そこにはアミノ酸構成やミネラル・ビタミン類の組成が、ミツバチの栄養要求を満たしているかどうか、消化阻害物質や有害物質を含んでいないかどうか、摂取する側の消化・代謝生理を含めた研究がなされていなければならない。
 うかつに手近な食材を代用花粉として使うことは、害になることはあっても、ミツバチのためになることは少ないと考えたほうがよい。ところで、花粉さえ集めてくれば万事 OK と言うものでもないらしい。
 現代の大規模農業の現場では、しばしば自然界の媒介昆虫の生息場所が破壊されてしまい、結果的にミツバチ巣箱の持ち込みを余儀なくされることがある。そのような環境に導入されたミツバチは 1 種類の花粉しか収集できない。
そこでは必要な微量元素を充分に確保できないか、少量ならむしろ必要であっても量が過ぎると有害な物質を、過剰に取り込んでしまうことも起こり得る。ニュージーランドのキウイのポリネーションで、ミツバチが激減するのは、そのためと言われている。カリフォルニア州のアーモンドでも外役蜂の数が極度に減る現象が見られるが、早春の花であることから、越冬明けの老蜂が斃れる
いわゆる「中落ち」現象の可能性もある。(日本では、場所によっては梅のポリネーションで起きることがある。)
ともあれ完全な自然環境であれば、否が応でも多種類の花粉が集まるはずで、そこでは自然にミネラルバランスが保たれ、有害物質の蓄積は起こらない。この現象はモノカルチャー農業がもたらす悪影響のひとつであろう。

代用花粉とは?

 代用花粉とは pollen substitute の邦訳で「花粉代用品」と言うべきかもしれないが、すでに言葉としての市民権を得たものとしてそのまま使用する。年間を通して観察すれば、どうしても花粉源が枯渇してしまう時期がある。
 兵庫県南の平野部では、通常 7〜8 月は暑さと旱魃の季節になり蜂群は急激に衰退するが、近年の温暖化による酷暑はそれに拍車をかけるようになった。そのため夏場は中国山地内部に移動するが、そこでは熊との知恵比べとなる。
 越冬と春の建勢期は淡路島の南部で過ごしていたが、鹿の食害によって枇杷もナタネも姿を消してしまったために、1 昨年から持ち込みをやめてしまった。全国的に獣害による被害が増えて、移動養蜂が年々難しくなってきている。
 特に鹿の食害による被害は全国的に深刻で、植栽された果樹だけでなく、ヤブツバキなどの自然の花粉源・蜜源樹が深刻な被害を受けている。そこで、どうしても人工的に栄養を補給してやる必要が生じてくる。
かつてはきな粉やビール酵母が多く使われてきたが、飼料学の専門家からはこれらはミツバチには不適当な飼料であることが、以前から指摘されていた。Bee Enterprise 社の A.Saffari 氏は、世界ではじめてこれらの原材料を使わない
代用花粉製品を完成させた。

A.Saffari氏の代用花粉開発における研究課題は次のようなものであった。
1 花粉の成分分析
2 ミツバチの栄養要求
3 ミツバチの消化生理
4 ミツバチの嗜好性
5 代用品の個々の原材料の成分分析
6 原材料の中の有害物質・消化吸収阻害物質の有無(ミツバチ・人の両方)
7 ハチミツ中に残留物が生じない原材料(100%植物由来)
8 病原性微生物による汚染の恐れがない原材料(養蜂生産物ではないこと)
サファリ氏は元々栄養学の専門で、偶然ある養蜂場できな粉のパテをミツバチ
に与えているのを見た。その時多くの消化阻害物質・有害物質を含む大豆が、
本当にミツバチの栄養になるのかと疑問を持ったのが始まりであったと言う。
その後 12 年間で 225 種の植物体を部分ごとに分析した上で、そのうちの 39 種を配合することで自然の花粉に近い代用品を得ることが出来た。A.Saffari氏は同時にきな粉やビール酵母などが、なぜミツバチに使えないかを栄養学的に検証している。

きな粉—危険な飼料

 中国の歴史上最も古い周王朝(BC11 世紀〜BC2 世紀)の遺跡の中から、5 種類の植物を表す絵文字が見つかっている。 「五穀」と呼ばれる重要作物を示したものらしく、そのなかに米・麦・粟・稗などと共に大豆が挙げられている。
 ところが不思議なことに、他の作物が「実」の部分が強調的に大きく描かれているのに対して、大豆だけは「根」が強調されていると言う。どうやら栽培初期の大豆は、耕作地の輪作に当てられた肥料作物で、食料とはみなされていなかった可能性がある。本格的な大豆の消費が始まるのは現在の味噌・醤油・納豆の原型になった発酵食品が普及し始めてからであったようだ。
ある栄養学者によれば、大豆が高タンパク・低カロリーの優れた食品として西欧社会に喧伝され始めたのは、せいぜい過去 20〜30 年くらい前らしい。
 大豆は 39%もの粗タンパク質を含み、「畑の肉」とまで呼ばれているが、食物の成分分析の結果とその真の栄養価値とは必ずしも一致するものではない。タンパク質はアミノ酸に分解されてはじめて消化管から吸収されて栄養となる。
 そのためにトリプシノーゲンと呼ばれる消化酵素(ほ乳類では膵臓から)が分泌され、腸の中で他の酵素の作用で活性化されたトリプシンになり、食物中のタンパク質を分解するほか、他の重要酵素を活性化する。
一方、このトリプシンの働きを阻害するトリプシンインヒビターと呼ばれる物質が動植物界に広く分布している。
動物起源のインヒビターはトリプシノーゲン活性化を抑制的に調節する働きを持つが、植物のそれは昆虫や微生物に対する防御ではないかと考えられている。
 一般にマメ科植物の種子には多く含まれ、特に大豆トリプシンインヒビターはその阻害反応の全容が、古くからよく研究されている。大豆にはそのほか加熱しても分解が難しいボーマン・バークインヒビターや、ミツバチにはきわめて有害な糖類(Stachyose・Raffinose)が多く含まれる。このような非栄養要素(Anti-nutritional Factor)を取り除くために、今まで様々な処理が試みられてきたが、部分的な除去に成功した程度にとどまっている。なぜなら、化学的或は高温による物理的な処理は、大豆の栄養素そのものを破
壊することにつながるために、かえって処理の意味を失ってしまうからである。
 きな粉は大豆に「煎る」と言う処理がされているが、ミツバチには依然消化の難しい食料である。実際にきな粉団子を与えた経験のある人なら判るはずだが、まず、なかなか食べてくれないし、食べれば巣箱の底が汚れる傾向がある。おそらくは消化不良のための下痢症状ではないかと思われる。
 もし、きな粉をまだ使っている人があるとすれば、直ちに中止した方がよい。他の飼料に混ぜれば、その飼料の消化を妨げる可能性さえある。それにしても紀元前の古代人の知恵に驚かされる。大豆の栄養学的な欠陥を、日常の食生活経験から知っていたに違いないと思うからである。

これまでの代用花粉製品とビール酵母の問題点

 長年輸入花粉を使ってきたが、為替レートの変化と CCD 現象に伴う生産の落ち込みから価格が暴騰し、2006 年以降は安価なビール酵母を使うようになった。国内外のすべての代用花粉が、これを原材料として製造されていたためである。
 一度やればある程度の嗜好性もあり、産卵も促進されるように見えたが、連続して与えて群の建勢に効果が認められるような結果は得られなかった。そこでビール酵母の栄養価値について、当時すでに新製品の製造販売を始めていた Saffari 氏に問い合わせたところ、詳細な資料を送ってきてくれた。

アミノ酸バランスの重要性

 ビール酵母は成分表を見る限りにおいては、氏が開発した代用花粉と比較しても何の遜色もない。むしろ総タンパク質量はやや上回ってさえいる。タンパク質は動物(ミツバチを含む)にとって最も重要な栄養成分のひとつで、20〜22 種のアミノ酸を構成要素として、その組み合わせ次第でさまざまな種類のタンパク質が作られ、動物の体を形づくる。そのうちの 10〜12 種は動物体内で合成することができるために「非必須アミノ酸」と呼ばれる。
 あとの 10 種は「必須アミノ酸」で、体外から栄養分として取り込まなければならない。(この区分は動物の種類・性・日令または年齢などで変わってくる。)
一方、植物と微生物は必要なアミノ酸すべてを自ら生成するほか、牛などの反芻動物も胃のなかの微生物の働きによってその要求を満たしている。
 したがって、重要な点は総タンパク質中の必須アミノ酸と非必須アミノ酸の比率であって、ミツバチの場合、2:3 が最適となっている。
 非必須アミノ酸は体内で合成が可能であるからと言って、摂取されるタンパク質栄養分が必須アミノ酸類に偏ることには問題がある。なぜなら生体内では、せっかく取り入れた必須アミノ酸を、必要な非必須アミノ酸を作るための原料として分解してしまうような反応が起きるからである。その意味では非必須アミノ酸もまた必須の存在であって、極度に不足すれば、生体組織を構成する各タンパク質がうまく生成されない恐れが生じる。ところが既存メーカーの代用花粉製品の多くはこのアミノ酸バランスを無視して製造されており、この比率が 90%と 10%になっている製品もある。このようなアンバランスな比率は、自然の原材料には存在し得ないものであり、明らかに合成アミノ酸が配合された製品であることが窺われる。このような飼料にたよれば、ミツバチ生体中の窒素平衡にも悪影響がでる可能性がある。むしろなんら手を加えていないビール酵母そのもののほうが、理想に近いアミノ酸構成を示している。(別表・NRC の分析表。)ところがミツバチは完全に植物食の生物であって、残念ながらその消化器官はこのような動物性の飼料をうまく利用できるようには出来ていない。そこで、ある飼料がそれを摂取する生物側の消化・吸収能力に合うような物かどうかが、次の問題点になってくる訳である。ミツバチ飼料としてビール酵母がなぜ不適格なのか、以下に示すことにする。

ビール酵母の欠点

  1. ビール酵母が含有する総タンパク質 43%のうち、ミツバチによって消化吸収できるのは その 52%である。(天然花粉と新製品代用花粉フィードビーでは、それぞれ 100%と 95%)
  2. 消化に 8 時間以上要する。花粉で 1 時間以内、フィードビーで約 1 時間
  3. ビタミン B 類に欠ける。
  4. 昆虫には有害なセレニウムと言う物質を大量に含む。(微量元素としてビタミン E と共にある種の酵素生成に関わるので、ごく微量は必要)
  5. 最近の研究によれば、きな粉やビール酵母を与えることでハチミツの中に微量の残留物が生じることが判った。(物質の特定はまだできていない)

フィードビーとビール酵母との栄養分析値の比較※

分析対象フィード・ビービール酵母
検査機関Silliker Canada 社NRC※
総蛋白含有量41.56%43.80%

必須アミノ酸

アルギニン1.97 2.2
ヒスチジン 0.86 1.090.861.09
イソロイシン 2.10 2.102.21
ロイシン 4.62 3.234.62 3.23
リシン 1.87 3.111.873.11
メチオニン 0.91 0.740.910.74
フェニールアラニン 2.15 1.832.151.83
トレオニン 1.63 2.121.63 2.12
トリプトファン 0.480.480.52
バリン 2.01 2.362.012.36
総必須アミノ酸量 18.618.619.41
必須アミノ酸% 44.75%44.75%44.31%
総非必須アミノ酸量 22.96 22.9624.39
非必須アミノ酸%55.24%55.68%
※ The National Research Council 分析

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