ミツバチは足りているか?ネオニコチノイドの影響を検証

※この記事は2014年に俵養蜂場ライブラリー向けに作成されたものです。内容や表記については当時の状況に基づいたものであり、現在と異なる場合がございますのでご了承ください。

ミツバチの減少過程の過去と現在

 2009 年、我が国ではイチゴの温室栽培に無くてはならないミツバチが不足して、マスメデイアを巻き込む騒ぎとなった。一方ではミツバチが花粉交配を通じて農業生産に重要な役割を果たしていることが、はじめて一般に知られる機会にもなった。以来、様々な原因説が語られ、国の調査も実施されたが、原因が特定されないままに依然として蜂群の増殖が不振な状況が続いている。2013年のイチゴ交配用のミツバチは間に合ったが、今春の種蜂やメロン・スイカの交配への蜂供給不足が生じる可能性もある。
 薬剤に抵抗性の寄生ダニが蔓延し、異常気象による災害も増えて、たしかに原因は複合的であるように見える。しかし、今ブームの大都市での養蜂がそろって好成績であるだけに、逆に農業地帯での養蜂の難しさが浮き彫りになってくる。つまり農薬による影響を考えざるを得ない。研究者の多くは、かつては病気や寄生ダニ・環境変化などの複合原因説を主張していた。しかし最近は浸透性農薬による直接被害に加え、花粉・花蜜などを通して摂取される微量な農薬の影響が大きいと考える研究者が大勢を占めている。

アメリカの現状

 原因不明の蜂群の崩壊現象は、2006 年アメリカに始まった。毎年冬には全米各州から多くの養蜂業者が暖かい南部に移動するのだが、そこから越年した蜂群の多くは、早い所では 1 月中にアーモンドの花粉交配のために、カリフォルニア州に移動する。
 通常、越冬中に失われる蜂群は全体の 10〜15%であったが、2006 年を境に消滅する群は 30%を超えるようになった。CCD(蜂群崩壊症候群)と呼ばれる現象の始まりである。2012〜2013 年の消失は40〜50%に達し、全米からかき集められた群でアーモンド交配の急場を凌いだと言われる。カリフォルニア州は世界のアーモンド生産の 80%を占める一大産地で、そのために 160 万箱の群が必要とされる。統計記録によれば、数十年前は全米には 600 万群のミツバチが飼育されていたが、現在では 250 万箱を割っている。アーモンドへの貸し出し群の相場は$150/群まで高騰している。かつてカリフォルニア州は、カナダへのミツバチの供給基地であったし、カナダは重要なハチミツ輸出国であったが、現状はまったく異なるものになってしまった。
 カナダでは特にコーン地帯でのミツバチの大量死が問題となっていて、ネオニコチノイド農薬が原因と主張する養蜂協会と農業団体との間に農薬使用をめぐる軋轢が激しくなっている。

ヨーロッパの事情

 ヨーロッパ各地で浸透性農薬が原因と推測される蜂群の消滅が報告されている。
 実は、ヨーロッパ 41 カ国全体でのミツバチの群数は、2005 年〜2010 年の間、ほとんど増減は記録されていない。      

 しかし、ヨーロッパ先進国では 20 世紀の統計から比較すれば半分近くにまで減っている。特に英国での減少は著しく、今年必要になる花粉交配用のミツバチの 4 分の 1 しか供給できないことが予想されている。EU 全体では 130 万群が不足するかも知れないと言う。近年、ナタネ・大豆・ひまわりなどの採油作物の作付けが大幅に増えているのに、蜂群の数は変わらず減っている国さえある。
 マルハナバチなどの自然界の媒介昆虫も激減していることから、研究者の間にも近年普及した浸透性農薬が原因であると主張する人々が大勢を占めるようになった。
 ミツバチの不足は花粉交配を必要とする農業に危機感を与えるレベルにまで達していて、ミツバチ保護の必要性は待ったなしのところにまで追い込まれている。(下表)

供給率/需要 国名
90%以上ノルウエー・ベルギー・ポルトガル・クロアチア・ギリシャ・トルコ
オーストリア・アイルランド・ボスニアヘルツゴビナ
75〜90%イタリア・ハンガリー
50〜75%ルーマニア・チェコ・スロベニア・デンマーク・オランダ
25〜50%フランス・スイス・ドイツ・ベラルーシ・ウクライナ・ブルガリア
セルビア・ポーランド
25%以下イギリス・モルドバ・フィンランド・バルト 3 国

EU 委員会によるネオニコチノイド農薬使用規制

 このような状況を踏まえて、2013 年 3 月、EU 委員会は EFSA(欧州食品安全機関)の報告を基に、浸透性農薬が緊急のリスク要因であると認め、3 種のネオニコチノイド農薬(クロチアニジン・イミダクロプリド・チアメトキサム)の使用制限に関する提議を承認した。穀物やひまわりの種子処理・土壌処理・茎葉散布、また花蜜や花粉に移行するナタネやひまわりの種子処理のための使用を禁ずる措置である。
2013 年 12 月 1 日に発効するこの規制は 2 年間に期間を限定されている。この期間中に結論を導き出すための科学的検証を積み上げようとするものである。この EU 委員会の決定は、加盟国 27 カ国中 15 カ国の賛成によるもので、反対も 8 カ国あった。
 しかし、この決定は加盟国外の世界の養蜂家からも圧倒的な支持を得る結果となった。ミツバチへの安全性に関して、予防原則が適用された初めての例であったからである。
 反対を表明した国には蜂群減少が深刻な英国も含まれるが、これらの国々の農業団体や農薬メーカー・研究者・養蜂協会の間にも反対意見がある。その反対理由は以下の通り。
◆規制反対理由

  1. ミツバチ大量死の原因は特定されておらず、ネオニコチノイド系農薬がその原因であることを示す科学的根拠はない。
  2. ネオニコチノイド農薬は浸透性農薬であり、根から吸収させることで長期間作物を害虫の食害から守ることができる。したがって、栽培期間を通して他の殺虫農薬を散布する必要がなく、かえって環境にもミツバチにも安全である。
  3. ネオニコチノイド使用が規制されることにより、急性毒性の強い古いタイプの農薬が再び使用されることになると逆にミツバチには危険が増すことになる。また、害虫の天敵であるクモ類などをも殺してしまうことになる。
  4. 薬剤耐性の寄生ダニや、新しい病原体が世界的に蔓延している。これらの事実を無視して蜂群の衰退の原因をネオニコチノイドだけに求めるのは誤りである。農薬を使用していない地域でも蜂群の崩壊現象は起きている。(※1 参考文献)

    規制に賛成する人々の反論は以下の通り。
    ◆規制賛成理由
  5. 蜂群の崩壊は多くの地域でネオニコチノイド農薬の使用とリンクして起きている。現実にこれをコーテイングした種子の播種によって大量の蜂が死んでいる。また植物体内の農薬は花粉や花蜜に移行する。微量でも花蜜を吸ったミツバチの定位感覚を狂わせて帰巣できなくなることが多くの実験で証明されている。(※2)
  6. 実際には浸透性農薬の外にピレスロイド系農薬などを予防的に散布している農家がほとんどであり、このような弁明には現実的ではない。
  7. 化学物質の生物への影響は、摂取または曝露された「濃度」×「時間」×「物質固有の指数」で表される。一度の飛行で持ち帰る花蜜や花粉に含まれる農薬の量は、致死量をはるかに下回るとは言え、ミツバチはこの採集を何百回も繰り返す生物である。
    ネオニコチノイドは残効性が強く、植物体内に長期間存在し、ミツバチの体内にも蓄積する。
    ミツバチをはじめとする昆虫への影響は、他の殺虫性農薬とは比較にならない。
  8. 神経毒である以上、免疫系への影響は避けられない。ミツバチの免疫力の低下によってさまざまな病原体が強い病原性を発揮するようになった。低濃度のネオニコチノイド農薬の体内摂取が根本的な原因である。ノゼマ病やウイルス病の感染率が大きく上昇することが数多くの研究で明らかにされている。(※3)
    ただし、研究の多くが人工的に与えたネオニコチノイド農薬の影響をベースにしていて、野外
    で実際に使用されている農薬の影響についての調査研究が不足していることは事実である。
    さらに今後の調査研究が望まれる。

緩い我が国のネオニコチノイド農薬規制

OECD の統計によれば、我が国の単位耕作面積当たりの農薬使用量は、韓国と世界一を争うレベル
にある。十分な検討もないままに、栽培システムの一環として使用されているためである。特にネ
オニコチノイド農薬については、欧米と比較してケタ違いに緩い残留基準値が設定されている。米
や茶葉など国内生産が主たる農産物には特に緩く、輸入が主体の農産物には厳しい基準が設けてあ
ることから、この基準設定はかなり恣意的なものであることが窺われる。

主に稲に使用されるネオニコチノイド農薬 3 種の残留基準値

種類(有効成分) 代表的製品名 玄米 小麦その他の穀類・豆類
イミダクロプリドアドマイヤー1 ppm0.05 ppm
クロチアニジンダントツ0.7 ppm0.02 ppm
ジノテフランスタークル・アルバリン2 ppm0.1 ppm(大豆)

 農水省は、ネオニコチノイド系農薬は脊椎動物には安全であると言う見解であるようだが、それについては、現在、国内外の医師や脳神経学専門家から強い異論がでている。ヒトをはじめ高等動物の特に発育期の脳神経へ影響が懸念されるのである。(※4)
 欧米では種子処理が問題となったが、我が国では水田のラジコンヘリ、果樹園でのスプリンクラーによるクロチアニジン・ジノテフラン散布が甚大な被害をもたらしている。外役蜂の直接の急性毒性被害と共に、持ち帰る花粉や花蜜による巣内の汚染によって、内役蜂への被害が考えられるからである。出穂期に持ち帰った花粉の 68%が稲であった。(兵庫県立大の大谷教授調査)この花粉が汚染されているのである。
 農家は買上げ価格の低い 2 等米生産を避けるため、カメムシ防除散布をやめない。
 米の規格検査は「玄米を目視」と言う前近代的な方法で行われている。実は色彩選別機を通せば着色米は取り除かれるので、精米はすべて一等米になる。選別機は全国の農協に普及していて、玄米段階で検査する意味は無いのであるが、JAS 法により検査を受けなければ産地・産年・品種を表示できなくなっている。つまり農家は米の買上げ価格を押さえられるか、農薬散布費用を負担するかの二者択一を迫られているのである。この不合理な制度を農水省は改めようとしない。その結果農家には必要の無い農薬散布を強いる一方で、ミツバチに被害を与え、田園地帯の生態系を破壊している。(※5)
 

 愛媛大学農学部の河野教授らの調査によれば、市販 13 種の国産ハチミツのすべてから 7 種のネオニコチノイド系農薬が検出されたと言う。残留レベルは低く、とりあえず人体への影響は無いが、ミツバチへの悪影響は否定できないレベルであると言う。和歌山・愛媛・熊本・静岡各県には、ミカンの蜂蜜を主な収入源とする養蜂家が多い。ところが、
近年その中にしばしばアセタミプリドが検出され、基準値を超える例もあり、取り扱いを辞めるハチミツ問屋が現れている。果実のミカンには 0.5ppm の基準値が設定されているが、ハチミツには暫定の一律基準値 0.01ppm が適用されるためである。不公平なことに、農業団体が扱う生産物の多くは緩い残留基準で守られている。(下表)

アセタミプリド残留基準値(作物別・国際基準値の比較)・部分

作物EUアメリカ日本
りんご0.1 ppm1.2 ppm2 ppm
いちご0.01 ppm(検出限界)0.6 ppm3 ppm
茶葉0.1 ppm50 ppm(輸入茶)30 ppm
トマト0.1 ppm0.2 ppm2 ppm

それどころか、現在、厚生労働省によって、葉もの野菜を中心とする食品へのクロチアニジンの残
留基準値が大幅に緩められようとしている。(下表)

農薬クロチアニジン残留基準値設定案・部分]

食品名(例現行基準 改正基準案倍率
かぶ類の葉0.02 ppm40 ppm2000
みつば0.02 ppm20 ppm 1000
しゅんぎく0.2 ppm10 ppm50
かぶ類の根 0.02 ppmppm 0.525
さとうきび
0.02 ppm0.413.3
ほうれん草3 ppm40 ppm13.3
こまつ菜1 ppm10 ppm10
その他なす科野菜1 ppm10 ppm10

 それでなくとも欧米と比較して桁違いに緩い残留基準値が設定されているのだが…。現状の農薬残留の状況に追随して、お墨付きを与えるための提案ではなかろうか?世界の流れとは逆の方向である。
 農水省は、2020 年までに、我が国の「優れた農産物」の輸出を 2 兆円まで伸ばしたいと計画しているが、海外の富裕層が我が国の食の安全を信じてこそ見込まれる需要であって、彼らが現状を知ればどうなるのであろうか?
 食品安全委員会は本当に正しく機能しているのか心配になってくる。
参考にした文献
※1;*Wildlife at risk’ from incoming ban on pesticide linked to bee deaths.
(The guardian .2013, November, Mark Riley Cardwell)
※2;*A common pesticide decreases foraging success and survival in honey bee.
(Science Express, 2012, March, Vol. 336, M Henly)
*Field research on bees raises concern about low-dose pesticides.
(Science Magazine 2012, March, Erik Stokstad)
*Neonicotinoid pesticide reduces Bumble bee Colony Groth and Queen
Production. (Science, 2012, March Vol. 336, Penelope R.)
*ジノテフランとクロチアニジンの蜂群に及ぼす影響
(The Japanese Society of Clinical Ecology, 2012, 金沢大学 山田敏郎外)
*Neonicotinoid pesticide reduces bamblebee colony Grothand queen
production( Science, 2012, March, Panelope R)
※3;*Pesticide exposure in honey bees results in increased levels of the gut
pathogen Nosema.( Naturarwissenschften, 2012, Jeffery Pettis )
*Interaction between Nosema microspores and a neonicotinoid weaken honey
bees (Environmental Microbiology 2010, March, Cedric Alaux)
*Exposure to sub-lethal doses of Fipronil and Thiacloprid highly increases
mortality of honey bees previously infected By Nosema ceranae.
( PLoS ONE 6(6), Vidu C.)
*Effect of sub-lethal doses of crop protection agents on honey bee global
colony vitality and its potential link with abberant foraging activity.
(Pubmet Commons, 2009, Bellen T)
※4;「持続可能な農業のための農薬管理・規制に向けた提言」
(2013 年 3 月、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議・立川 涼)
※5;米の規格検査の見直しを求める会 HP

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