バロア(ヘギイタダニ)対策の新戦略

女王蜂の産卵制限と隔離産卵

 バロア(ヘギイタダニ)が存在しなかった時代、ミツバチは驚くほど増えたものです。流蜜末期に結果的に「無駄飯食い」に終わる蜂の誕生を抑えるために、女王蜂を隔離して産卵を制限する養蜂家さえありました。働き蜂が野外へ飛行を始めるのは羽化後20日以降で、シーズン終盤に生まれた働き蜂は花には間に合いません。

 これに先立つ産卵制限はむしろ採蜜量の増加をもたらします。また輸送の安全を図るために、群勢を抑える手段として産卵制限をする転地養蜂家もありました。現在の産卵制限は、もっぱらバロアの駆除を容易にするために有蓋蜂児の無い群を作る手段として利用されています。欧米でBrood break と呼ばれる方法です。一方、女王蜂を巣板1枚に限定して産卵をさせる装置を使う養蜂家があります。

 蜂児がその巣板にしかない状態にすれば、後日バロアが集中的に誘い込まれます。封蓋後に蜂児もろとも処理する戦略で、蜂児を犠牲(餌)にバロアを呼び込む積極的なモンドリ法と言えます。Queen trapping)と呼ばれています。

女王蜂の産卵制限の理論

 蜂群が最大に達する夏は、同時にバロアも放置できないほどに増えています。そこで薬剤投与に先立ち、一定期間女王蜂の産卵を止めて有蓋蜂児の無い群を作るさまざまな戦略が作戦が考案されています。

 産卵制限には二つの方法があります。女王蜂を巣板から王カゴに移して閉じ込める方法と、群そのものを巨大な冷蔵施設に運び込み、越冬状態にして女王の産卵を停止させる方法です。後者は近年米国で普及が進みつつあります。

 バロアは有蓋蜂児(前蛹~蛹)に寄生して繁殖し、羽化する蜂と共に巣房から脱出します。これらはすべて雌(母ダニと娘ダニ)で、引き続き成蜂に一定期間(母ダニは平均5日、娘ダニは11日)寄生して栄養を摂取した後、封蓋前の8日齢の蜂児巣房に再び侵入する繁殖サイクルを繰り返します。

 したがってバロアの大半は有蓋蜂児に寄生し、成蜂には全体の15~20%しか寄生していません。蓋で守られた蜂児に寄生するバロアに有効な薬剤はありません。

 実際、蜂児が多い群では成蜂寄生のバロアをすべて殺したとしても、翌日にはその約20%に相当するバロアが再び現れ、数日で元の寄生率に回復します。 

 こうしてバロア駆除剤の効果は、有蓋蜂児の有無や多寡に大きく左右されます。

 バロア対策のためとは言え、女王蜂の産卵を制限することには抵抗感が伴いますが、実際には産卵制限をした後に駆除対策を施した群は、意外に回復が早く、最終的に無処置群よりも強群が残ります。バロアの繁殖が抑えられるだけでなく、蜂児への給餌などの作業負担から解放された働蜂の寿命が延びると考えられています。

隔離王カゴを使う方法

 働き蜂は卵からおおよそ21日間、雄蜂は24日間で成蜂に羽化します。したがって女王蜂を24日間以上隔離すれば、有蓋蜂児は消えてしまいます。 また解放後の女王蜂がすぐに産卵を再開したとしても、その蜂児は8日間はまだ無蓋のままです。

 そこで24日以降8日以内に駆除剤を投与すれば、一網打尽の効果が期待できます。ただし、この方法では王カゴからの女王蜂の脱出、死亡などある程度の事故の発生は避けられません。特に老王に死亡事故が起きやすい傾向があります。

 一般的な竹ひご製王カゴの代えて、スカルヴィ二王カゴScalvini queen cage を使えば事故のリスクが軽減されます。7cm×7cmのプラスチック製で、働き蜂が自由に通過できる蓋と女王蜂が産卵するための約140個の巣房基盤があります。(写真)

 ところが巣房の底から王カゴの蓋まで12mmしかないため、働き蜂が成長した蜂児に給餌する間隙がありません。蜂児は成育途中で除去され、女王蜂は産卵し続けるために腹部は大きいままで、結果的に王カゴから抜け出るリスクは確実に減ります。

 有蓋蜂児が無い群では、薬剤の種類を問わず駆除効果は飛躍的に向上します。 なかでもシュウ酸は最適で、効力は持続しないと言う問題も、この方法で解消し

注意点

  • バロアは侵入適期の蜂児が無ければ、成蜂寄生したまま何週間でも過ごし、越冬群では数か月も生き延びる。有蓋蜂児が消失した後の駆除剤投与は不可欠。
  • 老王は王カゴの中で死亡する確率が高い。その際に新王に更新する選択肢もあるので、予備の新王を養成しておくと便利。
  • 養成群の女王蜂をマーキングしておけば、大群の中からでも見つけやすい。
  • 働き蜂が通過できる専用王カゴ(4,3mm)を使う。輸送用や導入用王カゴは不可。
  • 女王蜂を隔離した10日後前後には、群を内検して変成王台を除去する。
  • シュウ酸投与は噴霧法か糖液法のどちらかでよい。数日間隔で2回投与すれば、99%のバロアが駆除される。ただし、糖液法は2回連続が限度。

女王蜂アイソレーター(女王蜂を巣枠ごと隔離する装置)を使う方法

 女王蜂の産卵を止めて有蓋蜂児の無い状態で駆除剤を投与する方法に対して、蜂児をベイト(餌)にバロアを誘い込んで処理する積極的な方法です。

 女王蜂を隔離した巣板1枚に閉じ込め、働き蜂を自由に通過させる装置を用います。女王蜂はこの巣板にのみ産卵することが可能で、産卵8日後にはバロアが侵入する適期を迎えます。そこで封蓋後にこの巣板を取り出して、蛹を処理してバロアを駆除する方法です。処理には封蓋を切り取るか冷凍するなどの方法があります。ただしその間に他の巣板の蜂児にも侵入しているので、1回の操作では対策は不十分です。 

 理論的にはこの作業を3回繰り返せば、無投薬でバロアを駆除できることになります。 しかし、この方法は手間がかかり、どの養蜂家にも勧められる訳ではありませんが、他にも群分割のタイミングに合わせて実施できる色々な選択肢(後述)があります。

無投薬駆除プラン

 アイソレーターと呼ばれる女王蜂隔離装置(写真)を用いる。これに女王蜂と空巣脾を入れて産卵させ、他の巣板への産卵を止める。巣板1枚の蜂児だけにバロアを集中して侵入させた後、処理する。方法は以下のとおり。

ステップⅠ(1日目)

 印を付けた空巣板をアイソレーターに入れ、女王蜂を閉じ込める。女王蜂は産卵を始め、数日以内に蜂児巣板に変わる。(古い巣板の方が早く産卵を始める) 

ステップⅡ(9日目)

 ステップⅠの巣板(1枚目)をアイソレーターから取り出して群の中に置き換え、別の空巣板(2枚目)をアイソレーターに補充する。女王蜂はそのままに閉じ込めておく。

ステップⅢ(18日目)

 ステップⅠの巣板の封蓋を切って蜂児を除去するか、冷凍処理する。同時にステップⅡの巣板をアイソレーターから取り出し、別の空巣板を補充する。

(他に再侵入できる蜂児が無い2枚目の挿入巣板は、トラップ効果が大きい。)

ステップⅣ(27日目)

 ステップⅢの2枚目の封蓋巣板を処理する。アイソレーターを取り除き、空巣板だけを補充する。(ステップⅢの巣板が封蓋直前のタイミングには、まだ侵入適期の11日目に達していない娘ダニも、この3枚目の巣板には残らず侵入する。)

ステップⅤ(36日目)

 ステップⅣの3枚目の封蓋巣板を処理して終了。

省力簡単プラン

  • 早春のトラップ

 成蜂に寄生して越冬したダニは、春にはすぐに蜂児に寄生を始める。産卵再開した群に、アイソレーターに空巣板(できれば雄蜂巣板)と女王蜂を入れる。

  • 採蜜シーズン終盤のバロアトラップ

 採蜜中の場合、アイソレーターに空巣板と女王蜂を入れる。採蜜の間隔をおおよそ2週と想定した場合、採蜜毎に取り出して封蓋蜂児を処理する。

  • 養成群割り出しに合わせる
    • すべての蜂児巣板を割り出した群に移し、元群には残さない。
    • 女王蜂をアイソレーターに入れて産卵させ、その蜂児巣板を封蓋後に処理。
    • 変成王台を利用して新女王を作る場合、割り出し30日後頃に駆除剤投与。

王台形成から羽化16日→交尾して産卵7日→蜂児封蓋8日=30日

  • 別途養成の王台は割り出し10日後頃に導入、新女王の産卵開始後8日以内に駆除剤を投与。割り出し後10日→交尾産卵7日→蜂児封蓋8日=25日
    • 完成女王蜂は割り出し後10日頃に導入、女王蜂解放の後8日以内に駆除剤を投与。10日→導入期間(7日)→8日=25日

※割り出し後の変成王台を除く。QMP(女王蜂フェロモン)を挿入しておけば、群は無王でも落ち着いていて蜂は減らず、働蜂産卵も起こらない。

注意点

  •  採蜜群の女王隔離は、流蜜が終る2週間前頃から行うと採蜜量も増加。
  •  バロアをトラップした蜂児巣板は、単純に廃棄せず、できるだけ封蓋を切って蛹を叩き出して観察する。一定の日を決めて処理すれば、各群の寄生状態を正確に判定できる。日が異なると娘ダニの数も異なり、比較できなくなる。
  •  バロアは雄蜂巣房には働蜂巣房より10倍多く侵入する。できるだけ多くのダニをトラップするため、春~夏の繁殖期には雄蜂巣脾を使う。アイソレーターと空巣板を前日に群に挿入しておくと、女王蜂はすぐに産卵を始める。巣板は古い方がよい。上桟には印を付け、女王蜂の挿入日も記しておく。

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