ミツバチヘギイタダニ(Varroa)について
1:生息分布と歴史
20世紀初頭、東南アジアの東洋種蜜蜂(Apis.Cerana)に寄生するダニが発見され、Varroa(和名ミツバチヘギイタダニ)と呼ばれた。その後、1959 年、我が国で西洋種蜜蜂(Apis.Mellifera)に寄生するダニが見つかり、種の壁を越えて宿主の転移が起こったことが判った。
この寄生ダニは、長い間 Varroa Jacobsoni の学名で単一種として扱われていたが、その後の研究(D.Anderson ら)の結果、その中には実は少なくとも2種以上が含まれていたことが判った。
またその内世界中で大きな被害をもたらしているのは,もっぱらアジアの東洋ミツバチに寄生するダニとは別の新種 Varroa destructor であることも明らかになった。
新たに命名されたこの新種ダニは極東アジアの東洋種ミツバチ A.cerana が元来の宿主であったが、その一部がそれぞれの棲息地域において、その後導入された西洋蜜蜂への寄生能力を獲得したものと考えられている。事実、この新種 ダニには同種であってもミトコンドリアDNAの塩基配列に異なった部分があり、その新宿主の獲得が過去に別々の場所で起こったことを示している。
大きく分類して Korea 型と Japan 型があり、当初確認されなかった Korea 型が、我が国でも浸潤が進んでいることが判った。Korea 型はより強い病原性を持つと言われる。
現在、オーストラリアを除くすべての大陸にその存在が確認されていて、世界の養蜂にとって最も大きな障害となっている。
1904: インドネシア・ジャワ島 (東洋ミツバチ A.Cerana 寄生)
1959~64: 日本・旧ソ連邦 (以下西洋ミツバチ A.mellifera 寄生)
1967~78: 東ヨーロッパ
1974~78: 南アメリカ
1975~78: 北アフリカ
1980: アフリカ大陸
1982~84: 西ヨーロッパ
1987: USA・カナダ
1992: 英国
1999: ニュージーランド
2007: アフリカ(ジンバブエ・ナイジェリア)・ハワイ州(オアフ島)
2:ヘギイタダニ寄生の症状と被害
巣門近くで死んでいる蜂、這い廻る蜂をみかけたら、よく観察してみる必要がある。
その中に縮れているか不透明で弱々しい羽を持つ蜂がいれば、まずダニの寄生が疑われる。つぎに蜂群の内検を行い、体格の悪い蜂や羽に異常のある蜂がいないかなどをチェックする。
同時に育児圏のなかに封蓋されたまま羽化直前で死亡している蜂がいないか観察する。
寄生群では羽化の際に巣房から抜け出せずもがいているか、ついには舌先だけを出して死んでいる蜂が見られる。このような症状は極度の濃厚寄生によって起きる症状であって、目視でも簡単にダニが見つかるが、もはや手遅れの場合が多い。そこまで至らなくとも、ダニの寄生が多い群の育児圏は発育ステージが不揃いで、無蓋蜂児と有蓋蜂児がモザイク状に隣接している。(ただし、他の病気でも起きる症状でもある。)内検して成蜂の背面に見えるダニは全体のごく一部であって、その大多数は腹板の間に潜り込んでいて、かろうじて体の辺縁の一部をのぞかせているだけである。
それでも羽に異常のある奇形蜂や、体格の悪い蜂、空巣房に頭を突っ込んで動かないような蜂(ハイディング姿勢)をピンセットで摘み出してみれば、高い確率で見つけることができる。
成蜂の体表に1mm×1.5mmほどのアズキ色の楕円形で偏平な生物がいれば、それがヘギイタダニであるが、実際には彼らはほとんどいつも蜂の腹節のすき間に潜んでいて見つけ難く、外に姿を現す時も意外に動きがすばやく、すぐに腹部の脚の陰に潜り込んでしまう。成蜂体表に見られるのはすべて雌の成ダニで、巣房の中にはミツバチの幼虫や封蓋されている蛹にほぼ同数の成ダニが寄生している。それどころか、そのなかには柔らかい蜂幼虫の体からリンパ液を吸っている未成熟な幼ダニが、成ダニの数倍も生息している。
ヘギイタダニの恐ろしさはこの点にある。もし対策が遅れれば、群の回復が望めなくなる。成蜂に寄生するダニを駆除しても、次に生まれてくる働蜂の大半がダニに寄生されているからである。
ダニは雄蜂には働き蜂よりも数倍多く寄生すると言われる。働き蜂への寄生が全く眼にとまらない時でも、蓋をされた雄蜂房を切り出して蛹の体表面を見れば、寄生していることが判る場合がよくある。春から夏の雄峰房産卵期には効果的なダニ診断法であり、駆除法としても有効である。
急に重症になるのは8月頃で、この頃にはダニの数はピークに達する一方、女王蜂の産卵は停滞し、雄蜂房への産卵は停止する。そのため雌ダニは縮小した働蜂の育児巣房に集中的に産卵に入るため、1 ヶ月後には寄生率は一気に数十倍に上昇することもある。こうなれば、初秋の頃には、羽化するほとんどの蜂にダニの寄生が見られるようになる。
一見正常にみえる蜂でも体重が軽く、寿命が短いことが知られていて、また腹部の器官は萎縮して、羽だけでなく脚や刺針さえも小さくなってしまう。8匹以上のダニに寄生された幼虫は羽化できずに房内で死亡する。そのような蜂が多く見られる群に、その時点でダニ駆除対策を施しても、冬を乗りきるような群に回復させることは難しい。また越冬前にはあふれるような満群であったものが、ダニの寄生を見過ごしたばかりに春には全滅状態になることさえもある。
1匹の雌ダニが産卵を始めれば、1 年後にダニの数は1000匹に達すると言われる。ダニの被害はもっぱら巣房の内部で進行するため、その実態が見え難い。
彼らはまた成蜂や幼虫から体液を吸収するとき、ある種の蛋白質を宿主に注入し、この物質が蜜蜂の免疫システムを妨げると考えられている。免疫力の低下はそれまで潜伏していながら、なんら症状を示していなかったウイルス病、例えば急性・慢性の麻痺病(APV・SPV)などを引き起こす。
ウイルスを持つ成蜂や幼虫に寄生していたダニが次の宿主へ感染させるためでもある。羽の奇形には、ダニ寄生に伴う別のウィルス(DWV)の関与が証明されている。
またダニ寄生によって急速に働き蜂の数が減ると、巣内の清掃活動が鈍り、蜂児の生育に必要な適温を保つことも難しくなる。そうなればチョーク病などの別の病気の発生を招くことになる。ヘギイタダニ寄生はミツバチにとってまさに万病の元と言える。
3:ヘギイタダニのライフサイクル
成熟した雌ダニは働き蜂または雄蜂の体にとりつき、堅い外骨格を避けて腹板(腹部体節間)の薄膜に小孔を穿ち体液を吸い始める。その後雌ダニは蜂の体を離れ、封蓋約 20 時間前の育児房に入り込んで幼虫の餌(花粉ダンゴ)の中に身を潜める。そのダンゴが蜂児によって食べられてしまうと、ダニは若く柔らかい蜂児の外皮に孔を開け、容易にたっぷりと体液を吸い出すようになる。
この頃巣房はすでに封蓋されていて、雌ダニは安全な環境下で栄養をつけることができる。やがて雌ダニは約 30 時間間隔で数個に達する卵を産み始める。最初の卵は雄ダニになる。孵化した幼ダニは成長過程にある蜂の幼虫から栄養を吸収し、4回の脱皮を経て雌は7~8日、雄は5~6日で成ダニになる。新生の雌雄の成ダニは、宿主の蜂が羽化出房するまでに交尾をする。
交尾をすませた後、雄ダニは巣房の中で死んでしまうが、親の雌ダニと新生雌ダニの一部は封蓋を破って出房する蜂と共に姿を現し、再び成蜂にとりついて栄養を取り始める。
夏や年中暖かい地方では、女王蜂の産卵が止まらないためにダニもまた繰り返し繁殖を続けることができ、約2ヵ月間生存する。一方、寒冷地でも死滅することはなく、蜂球の中で8ヵ月以上も生き延びることが知られている。
女王蜂が産卵を続ける限りは、ダニもまた繁殖を続ける。成蜂寄生期間は経産ダニが平均4~5日、新生雌ダニは平均10~11日で産卵のために再び蜂児房に潜り込む。1匹の雌ダニはその生涯に数回繰り返し産卵し得ると考えられている。
1日目 女王蜂の産卵・巣房は無蓋
8日目 雌ダニ侵入・潜伏
9日目 巣房封蓋・ダニの吸血活動開始
10~11 日目 ダニ最初の産卵(通常は無精卵で雄になる)
16~18 日目 残りの産卵終了(第1卵が雌の場合そのうち1卵は雄)。 交尾行動
21日目 働き蜂の羽化・母ダニと成熟した交尾済み娘ダニも蜂の体に付いて出る。
(幼生は残り、雄蜂に寄生の場合で2~5匹、働き蜂寄生で2匹以下。
4:へギイタダニ駆除剤の変遷
ヘギイタダニの駆除の歴史は、薬剤抵抗性との戦いの歴史でもある。
世界最初のへギイタダニ駆除剤は、弊社俵養蜂場の先代が開発した燻煙剤(ダニコロパー)で、一時は世界中で販売されたが、今思えば蜂蜜への残留の懸念が疑われるような駆除方法であった。
燻煙剤に代わり現在は第二世代の接触性薬剤が使用されている。薬剤を封入した担体を巣脾の間に一定期間吊り下げるものである。成蜂に寄生するダニだけを殺す燻煙剤と異なり、薬剤が持続的に徐放されることで、あとから羽化する若蜂に寄生するダニを、次々に殺してゆくことができる。燻煙よりも効果があり、養蜂生産物への残留も少ない方法である。しかし、ダニ類は殺虫成分に対する抵抗力を容易に獲得する代表的な生物と言われ、長期間その効果を保ち続けることは難しい。世界中で最もよく使われたアピスタン(フルバリネート)にはすでに耐性ダニが蔓延し、世界のミツバチ減少の主な原因のひとつとされている。使用開始が遅かったアジアやニュージーランドでも、その効力低下が問題になっている。実際には依然として多くの養蜂家が農薬マブリック(同じフルバリネート)を用い、手製の担体でダニの駆除をしている。その薬量や投薬期間が不適切であるため、生き残るダニが現れ、抵抗性系統が生まれる原因とされ
ている。2018 年現在、我が国でのアピスタン使用は 25年に至り、耐性度は極度に高まっている。
発売7年を迎えるアピバールにも耐性を示すダニが急増している。EU や南北アメリカ大陸では、これらの薬剤が新しいダニ駆除剤にとって代わられつつある。蟻酸やシュウ酸・チモールなど天然成分として自然界に存在する物質である。その駆除効果は、化学合成の殺ダニ剤が初めて使用される時のように 100%近くに達することはない。しかし、耐性は現れないか,少なくとも現れ難いと考えられている。神経刺激伝達に作用する殺虫性農薬物質と異なり、器質的に働くためである。また共通して抗菌作用があるため、巣内の衛生状態を改善し、チョーク病の真菌やノゼマ病の胞子の増殖を抑える効果も期待できる。
これらの物質は、蜂蜜や蜜ロウへの薬剤の残留が問題になっている今日、オーガニックな対策として評価される一方でそれぞれ短所もある。ギ酸・チモールはミツバチにも強いストレスがかかる物質で、気温が高い時には一度に大量が放出してしまってあとが続かず、逆に低すぎると必要な巣内の空中濃度に達せずに、十分な効果が現れないことがある。しかし、過剰投与は成蜂にダメージを与え産卵育児の停滞を招く危険性がある。弱群では女王蜂の逃去も起こることもある。シュウ酸は安全性・即効性に優れている。しかし、効力の持続期間が短いために有蓋蜂児が多い繁殖期には繰り返し投与するか、もしくは有蓋蜂児の無いタイミングで投与する必要がある。より良い駆除効果を上げるには、まずダニの生態と薬剤の特徴に関する理解がなければならない。ミツバチヘギイタダニの駆除の難しい点は、巣房が蓋をされている前蛹期・蛹期に寄生している期間には、どんなに強力な薬剤を使ってもまったく効果がないことである。
5:物理的駆除法
◆雄峰房トラップ法
雌ダニは産卵のために雄蜂房により多く侵入する性質がある。これを利用して雄蜂巣房をトラップとして雌ダニを誘い込み、封蓋後に処理する駆除方法がある。専用の雄蜂巣礎があり、これを春から群に挿入して産卵させた後、定期的に封蓋された後の雄峰巣脾を取り出す。これを冷凍して蜂児とともにダニを殺した後、蓋を切って蜂児を振るい出すか洗浄してから巣箱に戻す方法である。ガーデンホースで洗い流してもよい。(「雄峰巣礎の利用法」参照)駆除法としても,寄生状態のモニタリング方法としても有効である。
◆粉糖法と粘着シート
巣箱の上桟または巣脾の全面に粉糖を振りかけると、理由はまだよく解明されていないが、蜂の体表からダニが落下する。巣箱底にネットを設け、その下に植物性油・ワセリンなど無害な粘性物質を塗ったボードを敷けば、落下したダニは二度と這い上がれないのでより効果的である。しかし、日本式の底板が打ち付けられた巣箱では、この方法は難しい。海外では巣箱全面から、引き出し式にこのボードを引っ張り出せるように工夫した巣箱も市販されている。
特に粉糖で処理しなくても、ミツバチはグルーミングによってダニを噛み落とす性質があり、粘着ボードはそれだけである程度のダニ駆除の効果を持つ。ただし、グルーミング能力は群によって大きな差がり、これだけで蜂場全体のダニ対策ができると考えることはできない。このふたつの方法は、駆除方法としてではなく、むしろ寄生率のモニタリング法として非常に有効で、その結果次第ではその後のダニ駆除の方向性を決める資料となる。
◆殺ダニ剤
ダニコロパー
世界初の駆除剤。俵養蜂場開発。有恒薬品(株)製造。テデオン燻煙剤。安価で一度に多数の蜂群に処置できたが、耐性ダニが現れて 10 年後に登録抹消された。製造中止から 40 年。
アピスタン Apistan
フルバリネート接触剤・農薬マブリックと同じ有効成分。ミツバチへの安全性高く、抵抗性出現までは効力も良かったが、現在は抵抗性を獲得したダニが世界中に広がっている。チェックマイトプラス Check Mite+
有機リン系クマホス接触剤。 クマホスは食品衛生法、「不検出」扱いの成分で、我が国では製造・販売・使用禁止。米国では州により緊急使用が認められていたが、現在使用は激減している。バイエル社。
バイバロール Bayvarol
フルメトリン、フルバリネートと同じピレスロイド系の殺虫農薬であるため,アピスタンとの間に交差耐性ができやすい。残留基準値厳しい。
アピバール Apivar
農薬ダニカットと同じ有効成分アミトラズをプラスチック担体から徐々に放散。2009 年アリスタ社から発売後、効果が不充分であると指摘されたが、高温多湿の夏を避けて気温が下がってから投薬すれば有効。蓄積してから効き始める遅効性。すでに耐性ダニが増え始めている。
アピガード Apigard・アピライフバーApilife Var・チモバール Thymovar有効成分チモール。オーガニック駆除。前 2 製品は我が国では未承認であるが、俵養蜂場併設クリニックの獣医師の処方で使用可能。チモバールは本年中にアリスタ社から発売の予定。
粘着ボードに落下したダニ
白いボードにワセリンを塗布。
その上に網をかけて落下ダニだけが付着するようにした装置による。
蜂のグルーミング行動を利用した物理的駆除。
写真はチモールを投与した結果、落下したダニを撮影したもの。
6:PMS(Parasitic Mite Syndrome)寄生ダニ症候群
もっぱらダニの寄生率が高い時に現れるミツバチ幼虫の諸症状のこと。
典型的な縮れ羽などの症状も、実は幼虫へのダニ寄生によって、抵抗力の弱まった部分にウィルスが感染したものと考えられている。ダニが吸血のために開けた体表の孔を介して、さまざまな病原体が入り込むと言われ、今までに 18 種のウィルスが分離されている。それらのウイルスによって、蛹まで成育することなく、幼虫期に発症し、まもなく斃死する一連の症状が現れることがある。これが重要視されるのは、特にアメリカ腐蛆病の初期症状に酷似しているからである。
◆症状
- 封蓋はやや陥没し、しばしば穴が開いたりする。(アメリカ腐蛆病と同じ)
- 幼虫は巣房壁に沿って沈み込んだような状態になり、時に体表にダニが見つかることがある。
- 斃死した幼虫は房室の開口部近くまでせり上がった状態で見つかる場合もあり、この時は巣房壁の片側にC の字状でへばり付いている。(ヨーロッパ腐蛆病は巣房の底)
- 最後は乾燥してかさぶた状」になる。
◆他の病気との鑑別 - 幼虫の体表は白色または黄色であって、アメリカ腐蛆病のように、褐色にはならない。
- 幼虫はピンセットで簡単に巣房から引き出せる。アメリカ腐蛆病のように糸を引くことはない。
死骸は水分に富み、崩れた柔らかい餅のような状態になりやすい。(チョーク病は固く乾燥) - サックブルード病はさらに水っぽい状態になるが、死蛆の表皮は固くなり全体の型を保つ。
表皮と内部組織の間に透明な液が貯留する特徴的な症状が現れる。 - しかし、アメリカ腐蛆病発病初期で、幼虫が斃死後まだそれほど時間が経過していない時期には、色はまだうす茶色程度で、ロピネステストでも糸を引かないことがあるので要注意