ウィルスによる病気
ミツバチのウィルスは現在 18 種類見つかっているが、次の理由によって治療・予防の対象として取り上げられることは少ない。
1. アメリカ腐蛆病など病原菌による感染症と比べて、発生が稀であり、全群に拡がることも少ない。(ただし条件次第では多発することもある。)
2. ほとんどの場合、時間経過や環境が好転することによって自然治癒する。
3. ウィルスであるため、その診断には高度な技術と設備を備えた研究施設が必要である。
4. 仮に正確な診断ができたとしても、ウィルスを駆逐する薬剤が存在しない。
5. 多くの場合、へギイタダニなどのベクター(媒介生物)を駆除することで予防できる。
しかしながら、他の深刻な被害をもたらす病気との判別(類症鑑別)は、養蜂家にとって大変重要な意味を持つので、やはり最低限の知識は必要と言えよう。
Ⅰ.サックブルード Sacbrood desease
サックブルードの病名は 感染幼虫の体と表皮との間に多量の液が貯留して、まるで幼虫が水を入れたビニール袋のなかに浮いているような状態になることに由来している。
病気に罹った幼虫はふつう蛹にまで成長できず、前蛹期に死んでしまう。 はじめはやや黄ばみを帯びた色に変わり、死ぬと最後は黒褐色になる。
重症例では、巣脾の有蓋蜂児圏内に無蓋の巣房、逆に羽化出房後の巣脾面に有蓋房が散在するようになる。
特徴的なことはこの病気で死んだ幼虫は巣房の縦方向に横たわった状態になり、黒く変色した頭部がやや持ち上がったように見えることである。病気が進めば表皮は固く丈夫になり、ピンセットでつまむとそのまま巣房から引き上げることができる。死骸がそのまま残されると次第に乾燥し、最後は房壁から簡単にはがれる脆いミイラ様のものに変わる。やや扁平な鰹節に似ている。
病気蔓延の最初のプロセスは、育児蜂が死亡幼虫を引き出そうとして自らが汚染することから始まる。 ウィルスは彼らの咽頭腺に集まり、まだ健康な1~2日齢の幼虫をも給餌活動を通じて感染させてしまう。
同時に蜜の口移し行動によって次々に他の成蜂を、最終的には貯蜜房を汚染する。多くのウィルス病と同様、この病気に有効な治療薬はないが、次の対策が考えられる。
1. 病気に対する感受性の低い系統の蜂を飼育する。
2. できるだけストレスを与えないような良好な蜂群管理に努める。
3. ダニは多くのウィルス病の運び屋になっている可能性があるので、完全に駆除しておく。
Ⅱ.慢性麻痺病 CPV(Chronic Paralysis Virus)
数少ない成蜂の病気のひとつ。病蜂は細かく体を震わせるところから、この病名がつけられた。軽症例では一部の蜂が腹部を膨らませ、正常な歩行と飛行の能力を失うに留まる。しかし重症化すると巣門付近に多くの蜂が這い回るようになる。もうひとつの特徴的な症状として病蜂のなかに全身の脱毛がおきる蜂が現れる。
これらの蜂は頭部、胸部、尾端が黒くなり、全体に油を塗ったような不自然な光沢を示すようになる。(蜂群間の激しい盗蜂後に見られる外役蜂や産卵働蜂の外観にも似ている。)
病気の発生には、ノゼマ病のように特定の季節(早春・寒冷地)と直接的な関連性はないが、長期間悪天候によって採餌飛行が制限されるような条件下では発生しやすい。
1 蜂場に過剰な蜂群を飼育するなど、病蜂と健康蜂との接触が過密になるような条件は発病の要因のひとつと考えられている。 CPV は世界中で確認されているが、経済的な損失は少なく、あまり重視されていない。 女王蜂の更新によって治癒する場合も少なくない。
Ⅲ. 急性麻痺病 ABPV(Acute Bee Paralysis Virus)
慢性型の麻痺病に症状は似るが、原因ウィルスはまったく異なり、病原性はさらに強い。
この病気を起こす原因ウイルスは DNA 解析技術の発達によって、イスラエル急性麻痺病ウイルス IAPV, カシミールウイルス KV など幾種類もあることが判ってきた。
おそらくは成蜂の唾液腺を通じて病気が成蜂間に感染し、あるいは貯蜜房が汚染されるものと考えられている。ヘギイタダニとの強い関連性が証明されている。ダニは寄生している成蜂の組織を穿孔することによって、ウィルスを感染させる。感染した蜂にはまず麻痺のような症状が現れた後、極めて短期間(数日以内)で斃死する。
このことから、寄生によってダニから蜂の体内に放出される消化酵素が、成蜂体内のウィルス増殖に関係している可能性が指摘されている。
ダニは病蜂から健康な蜂へ多くのウィルスを感染させる媒介者であると考えられていて、蜂の合同やダニに寄生された迷い蜂によって、蜂群間のウィルスの伝播が起きるとも考えられている。 対策は他の多くの病気と同様にダニの駆除を徹底するほかにない。