アメリカ腐蛆病と遺伝子組み替え作物に接点はあるか?
Beekeeping for Development 2001,6月発行、 第59号より
米国ニューヨーク州議会は遺伝子組み替え作物(以下 GM 作物)の栽培禁止、もしくはこれらの生産物への表示の義務化を検討してきた。州委員会は2000年10月中を通じてこの件に関する公聴会を開いて、筆者は何度かこれらの聴聞会に招かれて証言をした。
筆者はこの問題に関する権威とはとても言えないが、GM 作物の蜜蜂への影響の可能性について手持ちの情報を公表し、この資料を聴聞会に提出する決心をした。問題点は 3 つあると考える。
1.GM 作物の蜜蜂に対する影響評価について公開できる情報はまったく不足している。
バイオテクノロジー業界はカノーラ、コーン、綿、大豆その他の GM 化品種の販売承認を得る目的で、調査へ基金を提供する。 この調査はこれらの新奇な組み替え遺伝子を環境に導入することの安全性には疑う余地がないことを証明しているように見受けられる。
カナダの研究者、マーク・ウインストンが最近 GM 作物の蜜蜂への影響に関する調査結果にアクセスを試みたところ、カナダ政府高官はそのような調査が行われたことは認めたが、詳細なデータの提供を拒んだ。 拒絶の理由はそのような調査は機密事項であること、問題の研究に資金を提供したバイオテクノロジー企業に属すると言うことであった。
この公開性の欠如は GM 作物の安全性に関する企業の主張の信憑性に重大な問題提起を引き起こすものである。
もし彼らの調査が確かなものなら、なぜそれが機密とされなければならないのか?
2.フランス国立調査機関 INRA の研究によれば、数種の GM 作物由来の花粉は蜜蜂の寿命を縮めると言う。 またある程度の記憶障害を起こし、採集蜂の定位飛行に混乱を生じさせるようにみえる。 定位能力のない蜂は道に迷って失われるか、蜜源に到達することができない。
3.おそらく最も重要な情報公開は2000年6月に行われた。
それはドイツの Jena大学の研究者グループによって GM カノラ由来の遺伝物質が「種の壁」を越えて蜜蜂の消化管に生存する細菌内に発見されたことである。筆者はこれが GM 作物から微生物に水平方向に遺伝子が転移した最初の記録と信じる。
この発見は GM 作物の将来性に大きな関わりをもっている。
GM 作物に対する主要な異論のひとつは、GM 有機体を作るための遺伝子操作の過程で当該遺伝子に抗生物質抵抗性遺伝子がマーカー( 目印 )として結合される点にある。
これらの結合遺伝子は目的植物に導入される。植物体内に存在していない抗生物質抵抗性遺伝子はなんの働きもできず無害である。
しかしながら、もしこの遺伝子が GM 植物体から転移して他の微生物体に入り込むことができるならば、その微生物は抗生物質耐性となるであろう。この事は人類や蜜蜂を含む家畜類を襲う病気に対して広く使用されている抗生物質を無効にしてしまう可能性を持つと言うことでもある。米国のミツバチは抗生物質耐性のアメリカ腐蛆病(以下 AFB)の増加に悩まされている。
抗生物質が現れる前は、この細菌感染は蜜蜂にとっては世界で最も深刻な病気であった。テトラサイクリンは AFB 病に対して1996年まで40年間、効果的に使用されていたが、この年、アルゼンチンと米国中西部・ウイスコンシン及びミネソタ州の両方でテトラサイクリン耐性が確認された。 それ以来、これはニューヨーク州を含む尐なくとも 17 州とカナダの一部まで拡がってきている。1990 年代を通じて、アルゼンチン、カナダ、米国で何百万エーカーもの Round-up Ready作物(除草剤ラウンドアップ耐性作物)が栽培された。筆者の持つ情報によれば、ラウンドアップ耐性作物の作出に用いられた抗生物質耐性遺伝子はテトラサイクリンに対するものであった。
蜜蜂の消化管に見出される病原性細菌に対して 40年間効果的に使用されてきたテトラサイクリン(TC)が、突然地理的に隔絶した 2 つの国で同時に耐性を獲得したのである。アルゼンチン、カナダ、米国は TC 耐性遺伝子と言う共通の糸でつながっている。
この問題について筆者は、最近まで米国ベルスビルにおいて USDA/ARS(米国農務省農業試験場)の蜜蜂研究所で主任研究員を務めた Dr Hachiro Shimanuki と話し合った。
彼は GM 作物による遺伝子汚染に対して、この耐性 AFB 病菌を分析する試みにはまだ考えが及んでいない。 筆者自身は、これらの AFB 病原菌がラウンドアップ耐性作物由来の遺伝子をもっているかどうか、決め手になるテクノロジーは存在すると考える。
この抗生物質耐性AFB病が、もし本当にGM作物とAFB病原菌との間で遺伝子の水平方向の転移があった結果であるとすれば、その遺伝子(ラウンドアップ耐性の遺伝子)には TC 耐性遺伝子が付箋のように一緒にくっつけられていなければならない。
筆者は、この GM 有機体と抗生物質耐性 AFB 病原菌の間での遺伝子結合の可能性が、推論的な現象であることを強調しておきたい。しかし、もしこれが事実であれば公衆の健康に関する関連性はきわめて重大である。
抗生物質耐性遺伝子の病原体への転移が証明されば、FDA(連邦食品医薬局)は GM 作物にともなう人間への強い危険性について再評価をおこない、これらの組替え植物の幾つかについてその販売と消費の連邦承認を取り消すべきであることを示すことになるであろう。ひとつの産業として、我々(養蜂業界)は地方、州、国レベルの協会を通じて、FDA がGM 作物からの遺伝子転移が起きているかどうか突き止めるために、耐性 AFB のサンプルを分析するように直ちに要求すべきであると筆者は考えるものである。
もし我々が共に動けば、FDA は我々の共同決議をこの件を調査するための強い刺激とみなすことであろう。
バイオテクノロジー業界は GM 作物が安全であると秘密裏に連邦取締官に証明した彼らの調査結果を我々も信用すべきであると主張し続けている。 筆者はむしろこの件について健康上の疑いを持ち続けるほうが賢明であると提案したい。
しばしば、企業の短期間の利益への関心と人々の健康と安全に対する公共の利益の間には基本的な対立が存在するものである。 実際,我々は他の業界において、裁判にまで持ち込まれた例を見てきている。
筆者は今我々すべてが、我々のインフォームド・コンセント抜きで壮大な GM 実験を経験させられていると信じる。
ヨーロッパでは多くの養蜂家が彼らの養蜂場付近でのGM作物の栽培に強く反対している。可能性の範囲内のうちに米国の養蜂家たちもそうすべきであろう。
………………………………………………………………………………………………………..
Joe Rowland 米国エンパイヤ-・ステイト(ニューヨーク州)蜂蜜生産者協会書記
資料; GENT(遺伝子工学ヨーロッパネットワーク)から Beekeeping&development へ
John Irwin によって提供される。
………………………………………………………………………………………………………..
訳者補足説明;
- GM 作物
遺伝子工学によって、ある種から他の種に遺伝子を転移させて作出させた作物の総称。 - Dr H. Shimanuki
各種蜂病に関しては世界的な権威で、1999年9月にはカナダで開かれた世界養蜂会議では南北アメリカ大陸でのテトラサイクリン耐性菌の同時発生を報告している。 - カノラ
菜種の1品種。我が国でも食用カノラ・オイルとして販売されている。 - マーカー
遺伝子工学上の高度に専門的な技術の範疇に含まれる事柄のため、詳細は知らない。ただし分子量の小さな目的遺伝子に別の大きな遺伝子を結合させて、文字どうり「目印」を付けて遺伝子操作を容易にするような技術もある。 また組替えしようとする目的遺伝子をまず大腸菌などに組み込んで増殖させるテクニックがあり、これをクリーニングして取り出すために抗生物質を使用することはこの分野でのごく基本的なテクニックのようである。(抗生剤耐性遺伝子に結合された遺伝子を持つ菌は生き残る。)