みつばちの病気 Ⅱ

チョーク病(Chalk brood disease)について

1:発生の歴史と分布
 1913年にドイツで最初の報告があり、1957年にはニュージーランドで確認され、1970年代にアメリカ・カナダで大流行を見た後、ヨーロッパに広がった病気です。我が国では 1979 年に最初の発生があり、その後全国に広がりました。当時の世界的な蔓延状況を背景に、1985年名古屋で開催された第 15 回世界養蜂会議では、この病気の撲滅が「大会宣言」として採択されています。
 しかし、現在では当時ほどの深刻な被害があらわれることがなく、散発的な発生が続いていると考えられます。 熱帯・亜熱帯では見られず、ふつうは流蜜が始まると自然治癒します。群が消滅することも稀ですが、いつまでも症状が改善せず蜂が増えないままにシーズンが終わることもあります。

2:原因菌と感染の仕組み
 真菌(カビ)の1種 Ascosphaera apis が原因菌で、その胞子によって感染します。3~4日令の蜂児(幼虫)が最も感染しやすく、胞子に汚染された蜜や花粉が与えられて発病します。蜂児の消化管内で発芽した菌は菌糸が幼虫体内に侵入し、に白い綿状の菌糸体で蜂児全身を覆うまで増殖します。死骸は乾燥して白いチョークのような固まりになり、ミイラ Mommy と呼ばれます。やがてその死骸は菌糸の接合で子実体が形成されて灰色や黒色に変わります。一つの死骸には数百万の胞子が含まれる感染源となります。成蜂が多い強勢群では感染蜂児はすぐに巣房から清掃蜂によって野外に運び出されるため、ミイラ化した蜂児は見当たりません。しかし、蜂児の数に対して成蜂の数が少ない群では、その処分が遅れてミイラ化蜂児が巣房に残り、やがて巣箱の底板や巣門付近に蓄積して再感染の源となります。チョーク病には、このように明らかな典型症状があり、最も簡単に診断ができる蜂病です。胞子は温度変化や乾燥にも強い抵抗性を持ち、15 年間以上生存できます。おそらくほとんどの群がある程度は胞子で汚染されていながら、健康な群と病気の群があることには、発病には以下に示す要因が関係すると考えられます。

3:病気を引き起こす要因
 気候が不安定な早春に多発します。春の産卵育児が始まった群では、越冬した冬蜂が育児担当係になって幼虫に給餌します。胞子で汚染された蜂蜜や花粉団子の給餌が感染経路と考えられています。早春は産卵が進んで蜂児圏が広がる一方で冬蜂が斃れ、気温変化の激しい年には巣内の適温が保たれないことがあります。気候が安定して花蜜の収集が盛んになれば、巣内の温度が上昇して、通常チョーク病の症状は収まります。しかし、重症例ではそのまま再感染が繰り返されて回復が望めない群もあります。

1 温度変化によるストレス
 16℃〜30℃で安定した気温と低湿な環境の下であれば、ダニの寄生や農薬の散布、貯蜜・花粉不足などのストレスがない限り、チョーク病はまず発生しません。逆に低温多湿下の環境にさらされ、特に急激な変化があった時や、流蜜や花粉収集が不足する時などは発症しやすくなります。
 特にダニが多く寄生している群は、高率に発病します。温度の影響に関する試験結果によれば、蜂児生育の適温 34~35℃が保たれている群は保菌していても発病しないことが判っています。一方、封蓋前の第5令の蜂児が 30 度以下の温度にさらされると、発病率は飛躍的に高くなる結果が示されています。したがって育児の適温が保てなければ発病につながることになります。農薬散布などで急に多くの外役蜂が失われた時などにも、巣内温度が下がって発病することもあります。 成蜂が減ると巣内の換気が悪くなり、CO2 濃度が上がることが影響すると言う説もあります。
 移動養蜂家の蜂群に多発して、定飼家には少ないことも知られています。長時間の移動は特に大きなストレスとなると言うことでしょう。

2.品種・系統による感受性の差
 近親交配の進んだ蜂群(特に繁殖力の改良に重点を置いて育種した系統)は罹りやすく、異なった系統間の一代雑種では病気の発生が少ないと言われます。カーニオラン種はチョーク病にも他の蜂児病にも抵抗性が強いとされています。試験的に病原菌の胞子を接種すれば、すぐに重症化する群がある一方、発病しない群もあります。 その違いは幼虫の免疫力の違いよりも、むしろ成蜂の衛生行動能力の差と考えられているます。
 死亡蜂児を感知して封蓋を破り、その死骸を除去する遺伝的形質が関係していると言われます。一般に多産な女王蜂の系統はチョーク病にかかりやすく、治り難い傾向があります。

3.抗生剤の多用
 真菌には抗生物質は無効です。腐蛆病予防のために使用される抗生物質の影響を指摘する研究者もあります。抗生物質によって腸内細菌叢の構成が変わり、それまではそれらの細菌との競合によって抑えられていた真菌が異常に増殖することはあり得ることです。(菌交代現象)。
 実際、抗生剤を多用する専業家にチョーク病が多い傾向があるように思えます

4.治療
 決め手になるような治療法はありません。過去にはプロピオン酸ナトリウム混入飼料、木酢液やヒノキ抽出液成分、塩素剤、水棲細菌を用いた薬剤などが販売されてきたが、いずれも一時期的な効果があっても、やめると症状がぶり返す傾向の対症療法であったと言えます。最近は,次亜
塩素酸ナトリウムに代わる次亜塩素酸を含む微酸性電解水が販売されていて、これの散布の方が、公的な試験は実施されていませんが、一定の効果は期待できるようです。汚染された底板や巣門口で働き蜂が胞子に接触することを防ぐために、巣門を閉じて継箱から出入りするように工夫することも有効です。底板には落下したミイラを受けて時々捨てることができるように新聞紙やビニールを敷いておくことが必要です。
 ただし、何をしてもバロアダニの寄生率が高いと、完治しません。ダニ駆除の徹底が必要です。

5.予防対策
 冬の間に空箱をバーナーで焼くか、空巣脾はグルタールアルデヒド・酢酸・微酸性電解水などで胞子を消毒して予防できます。ガンマ線照射で空巣脾を滅菌処理をする養蜂家も増えて来ています。チョーク病だけでなく、ノゼマ病・アメリカ腐蛆病・ヨーロッパ腐蛆病の予防策になる方法です。
チョーク病には養蜂家自身でできる色々な対策があります。

⑴ ヘギイタダニ対策が大前提。ダニがいてはどの薬剤を投与しても完治には到らない。
⑵ 湿気の多い場所には巣箱を置かない。水が底に貯まらないよう巣箱の前面を低く設置する。
⑶ 貯蜜不足・花粉不足にならないような飼育管理。
⑷ チョーク病罹患群からは次世代の群を養成しない。新女王蜂は別の健康群から養成する。
⑸ 新女王に更新する。(育児を止めて死骸の除去に必要な時間を与え、感染の悪循環を断ち切
る。
⑹ 信用のおける種蜂家から女王蜂を購入し、極度の近親交配を避けるようにする。
⑺ 真菌の胞子の性質上、薬剤の効果は限定的です。上記⑴~⑹の対策を心がけましょう。

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