新型ノゼマ Nosema ceranae のミステリー

我が国への影響=輸入女王蜂
 この新しい病原体が、知らぬ間に世界中に蔓延していることが判り、CCD(ColonyCollapse Disorder=ミツバチ群崩壊現象)の原因説のひとつに挙げられている。
 我が国では汚染国であるオーストラリアからの女王蜂輸入がストップすると言う予想外の形でその影響が現れた。
昨年の調査(名古屋大、門脇教授ら)によって、既に我が国にも感染が拡がっていることが確認されたが、ミツバチ減尐との関連については未だ判っていない。
 近年ミツバチは作物の花粉媒介者として、世界の農業に欠かせぬ存在になっている。
 我が国ではハウス内の利用が主で、イチゴ・メロン・スイカ・マンゴ・ゴーヤ・茄子・獅子唐・サクランボなどのほか、野菜種の採種にも重要な役割を果たしている。(野外圃場では、梅、リンゴ、サクランボ、梨、かぼちゃ、玉葱種子など。)
 一方、作物の品種も栽培法も変化した。イチゴは 10 月から翌年 5 月末まで半年間も栽培されるようになり、当然その間はミツバチによる授粉を必要とするようになった。
 通常小さな群(3〜4 枚群)が出荷されるのは、まずそれで充分と言うことであるが、強勢群でさえあれば、長期間の生存が保証されると言う訳ではない点がある。(ハウス内の蜂は、ユーザーの不適切な管理が原因で減ってしまうことが尐なくない。)
 蜂の数が多すぎると、むしろ花を傷つけること(過訪花現象)もあるため、イチゴハウスには小さな群が複数回導入されるようになった。そこで養蜂家は、より多くの群を養成しなければならなくなり、輸入女王蜂は年間増殖計画に組み込まれた必要資材として定着していった。出荷用の群だけでなく、分割して出荷された後の無王群に導入され、あるいは群の分殖そのものにも利用されるようになったためである。ところが、かつて年間1万頭以上輸入されていたオーストラリア産女王蜂は、2007 年6 月に私どもが別途スロベニアから入れた数百頭を最後に、現在は輸入が止まっている。実は同年 7 月には世界の女王蜂トレーダーにとって衝撃的な事件が起きていた。
 ある大手業者がオーストラリアから輸入した女王蜂 400 頭と付添いの働き蜂の大半が、ひどい下痢症状を示して死亡していた。 外箱まで下痢便が滲み出していたと言う。このニュースは世界中の女王蜂輸出関係者に伝わったらしく、私はアルゼンチンの業者から、問題の蜂を輸出したオーストラリアの業者の名前まで教えられた。
 中部国際空港動物検疫所から動物衛生研究所に送られた検体からは、ノゼマ病の微胞子虫が分離され、我が国における輸入ミツバチの初の大量廃棄処分のケースとなった。
 その後別の業者が 2 度輸入を試みたが、水際での検疫で臨床的には健康であったものの、やはり同じ微胞子虫が見つかり、同じ処分を受ける結果になった。
 最初のケースも、当然健康と判断されて輸出されたはずであるが、輸送期間中に蜂の体内で病原菌が増殖して、発症に至った可能性が考えられる。実はこの時点では、農水省の検疫当局者の間でまだ知られていなかったことがあった。
 新型ノゼマ微胞子虫 Nosema ceranae について、当時この知識のなかった動物衛生研究所は、従来型 Nosema apis と判定した。症状・病理が明らかな従来型と異なり、新型についてはまだ不明な点が多い。しかし、劇症のこのケースは従来型とは明らかに異なり、新型である可能性が高いと思われたが、後になってそのことが確認された。(顕微鏡下の検査だけでは研究者でも判別が難しく、DNA 解析を要する。)
 この事件を聞いて、私どものスロベニアからの女王蜂輸入も自粛せざるを得なくなった。
スロベニア農務省へ、N.ceranae による汚染の有無に関して情報を求めたが、明快な回答がなかった。N.ceranae は、まず間違いなく我が国にも侵入していると思ったが、それが明らかされていない時点での輸入は控えるべきであると判断したためである。

ノゼマ病のショートヒストリー

 20 世紀初頭、高名なドイツのミツバチ学者 Zender が、西洋ミツバチ Apis melliferaに microspordium(微胞子虫=現在の分類)の 1 種を発見、Nosema apis と命名した。
 N.apis による従来型ノゼマ病は、寒冷地で早春に発生するケースがほとんどで、暖かい地方ではまず発症しない。しかしそれでも消化管の中には高い確率で見つかる。病気そのものは、気温が上昇して蜂の活動が活発になると、自然に治癒する。
 ミツバチは決して巣内では排泄しない生物であって、脱糞は飛行中に行われる。
 そのため、長期の越冬を強いられる寒冷地では、排泄物が腸内に長く滞留することによって、発病するレベルにまで菌が増殖すると考えられている。
 その後 90 年間西洋ミツバチと東洋ミツバチ Apis ceranae の両方から分離された菌はすべて N.apis とされてきたが、近年の進んだ  DNA 解析によって、実はこれらには尐なくとも 2 種が含まれていることが分かった。 1996 年、Fries ら(スウェーデン)は、台湾の東洋種ミツバチから分離されたサンプルが異なる微細構造と遺伝子配列を持つことを認め、新種のノゼマ菌として、Nosema ceranae と命名した。2005 年、UK・クイーンズ大学の研究チームは、べトナムのミツバチ研究所で飼育中の東洋・西洋種の群が、N. ceranae に感染していることを明らかにして、東洋ミツバチ由来の病原体が、種の壁を越えて西洋ミツバチに転移した可能性を示した。
 翌 2006 年には台湾の研究グループが、西洋ミツバチから N. ceranae を分離した。同 9 月には、スペイン国立養蜂研究所の Higes らは国内のミツバチが広く N. ceranaeに感染していること、ドイツ、スイスの検体からも見つかったことを発表した。
 同時に彼らは 2005~06 年の冬の間に、スペインで起きた大量の蜂群消失に関して、少なくともその一部は新たな病原体と疫学的に強い関連があると主張した。その後、大陸を隔てたアメリカでも N.ceranae が広がっていることが判った。

新型ノゼマと CCD

 UCSF(カ大サンフランシスコ校)の研究グループは、広範囲に収集した検体の多くから N.ceranae を分離し、それが CC(Colony Collapse Disorder=蜂群崩壊現象 )の原因であると発表したが、他の研究者たちの反応は当初ひややかなものであった。
 IAPV(イスラエル急性麻痺病)など他にも有力な CCD 原因説があり、後に述べるようにノゼマ説に否定的な論拠も尐なくなく、その反応にもっともな部分はあった。アピスタンの開発者 Watkins(Vita 社)は、自ら「フルバリネート抵抗性ダニの蔓延と、それに伴う同薬剤の過剰投与による蓄積が、CCD 問題の中核である可能性がある。」と主張する。ちなみに、ダニはベテラン養蜂家でも見逃すことが多いのであるが、正確に寄生率を把握するためのモニタリング方法さえ普及していないのが実態である。
 一昨年末、名古屋大学と(独)畜産草地研究所の共同研究で実施されたアンケート調査では、「過去に原因不明で蜂群が突然いなくなったことがあるか?」と言う設問に対して約 25%の養蜂家が「ある」と答えている。私自身にとっては意外に尐ないと言う
のが正直な感想であったし、回答にあたってはもっとも戸惑った項目でもあった。なぜなら過去 30 年間には、そんな経験が「あった」と言えば何度もあったし、農薬散布を疑うケースが多かったが、結論づける証拠が無ければ「原因不明」と言う外にない。
 一方、設問の「過去」を近年に限れば、「蜂群の減尐は経験したが、どう見ても主たる原因は明らかに抵抗性ダニである」と答えざるを得なかった。(ネオニコチノイド系農薬散布による薬害は、それに次ぐ重大な原因と思われる。)
 現在、N.ceranae はヨーロッパ、南北アメリカ大陸、オーストラリアに拡がり、ほとんどの国で確認されている。(西オーストラリア・ニュージーランドを除く。)一方、CCD も実は世界中で起きている現象であるにもかかわらず、依然その原因究明が進んでいない。 しかし、N.apis とは異なる増殖パターンが明きらかになるにつれ、N.ceranae が原因である可能性が、否定的であった研究者にも認められるようになった。

新型ノゼマ病のミステリー

 意外なことに、系統解析の結果、N.apis と N.ceranae はあまり近縁種とは言えず、N.ceranae はむしろスズメバチの一種に寄生する N.vespula に近い菌とされている。このスズメバチApis vespula属は広くヨーロッパから北米にかけて分布しているが、一部の種は過去 10 数年の間にオーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン南部パタゴニアにまで分布域を拡げた。(通称イエロージャケット)一方、近年、中国原産の別のスズメバチがヨーロッパにまで侵入していることが判った。
 これらの新天地での定着と、ミツバチの新型ノゼマ病とに関連はないのであろうか?
 実は微胞子虫の Nosema 属は昆虫類全体に広く分布していて、各々の昆虫に特定の寄生性微胞子虫が存在する。しかもなかには宿主の選択幅が広いものもいて、本来の宿主の特定が難しいものもあるらしい。N.apis の東洋ミツバチへの感染例の報告もある。
 最初に東洋種ミツバチ Apis cerana に発見されたことで、Nosema ceranae の種名が付けられたが、本当に東洋種ミツバチから西洋種に宿主をジャンプしたのであろうか?
 それなら、なぜ新型ノゼマ病問題がアジアで先がけて起きなかったのであろうか?
 ちなみに我が国に西洋ミツバチが導入されてから 100 年以上になるが、われわれ養蜂業者は現在までこの新型ノゼマについては何も知らないで過ごすことができた。極東から東南アジア・インド東部に至るアジアのほぼ全域が、東洋ミツバチの生息地域であり、同時に西洋ミツバチの飼育地帯でもある。ベトナムや台湾で研究所レベルでの発生があったとは言え、広範囲にミツバチが消えたような話は聞いたことがない。
 同じような疑問は米農務省研究所のミツバチ専門家 Chen 氏の調査からも呈された。氏は 1996 年以降の死亡群から採取された保存検体からも多数の N.ceranae を分離している。CCD 発生の 10 年前からとなる。 もし N.ceranae が CCD の原因であるとすれば、もっと早い時期に問題が発生しなければならなったはずだが、そうはならなかった。長年無害であった菌が、急に強い病原性を発揮し始めたとすれば、なぜなのだろうか?(遺伝子変異によって強毒性タイプになった可能性を指摘する研究者もある。)ともあれ、N.ceranae を CCD の原因と断定するには、まだ疑問点が多すぎる。CCD は『群としての異常な崩壊』を表す言葉であって、群を構成する『個々の蜂の異常』を示してはいない。CCD はミツバチがまさに「消える」現象であって、蜂の死体がゴロゴロころがっているわけではない。N.ceranae 原因説を主張する研究者達が、あるほうが自然に思える下痢症状について記述している文献も見当たらない。
病原性が低い旧型 N.apis 発症群でも、腹部膨満・脱毛などの症状に加え、巣門周辺に明らかな下痢痕跡が残る。 たとえ外へ飛び出たまま帰ってこないような現象が本当に起きるとしても、まったく下痢の痕跡も観察されないのは何とも不思議である。
 世界の養蜂業界関係者は、オーストラリアが量り蜂や女王蜂の輸出を通して、世界中に N.ceranae を配給してしまったと考えている。しかし長年女王蜂を輸入してきた我が国でも、蜂群の異常な消滅が始まったのは一昨年からであり、毎年オーストラリア産
 女王蜂を大量購入していた人達からも、なんらかの異常があったと言う報告はない。そもそもオーストラリアの一般養蜂家はノゼマ病による被害を訴えていないのである。UCSF(カ大サンフランシスコ校)チームの調査では、健康群からも N.ceranae の胞子は見つかるし、CCD 発生群からも分離されない場合もあると言う。まだ、よく判っていないと言うのが本当のところである。
 しかしながら、Higes は、野外での調査と試験をもってその病理を説明してみせている。N.apis の発生地域・季節が限定的であるのに対して、N.ceranae は様相が異なる。Higes によれば、N.cernae は春に限らず秋にも増殖のピークがあり、CCD 現象に先行すると言う。スペイン(暑い所?)で感染率が高いことが、もう一方の特徴でもある。
 少なからず疑問点はあるが、この病気の発生機序に関する唯一の論文であり、内容に思い当たる節がある人もいるかも知れないので重要部分を要約して紹介する。

新型ノゼマ病の病理と臨床経過

 病理組織学的には、N.apis の細胞への趨向性が腸上皮に限られるのに対して、N.ceranae は他の組織にまで、侵入することが判ってきた。胞子の数は桁違いで、成蜂 1 匹あたり平均で 100 万、重症では 1000 万に達する。
 Higes らは、次のように調査研究結果を発表した。
① 感染群では冬にも異常な産卵が続く現象が起きた。
② N.ceranae の検査にあたっては、帰巣する外役蜂を捕まえてサンプルとした。(外役蜂の消化器内に大量に見つかり、日令の若い内役蜂の体内には通常少ない。正確な感染率を知るためには、外役蜂を検体として採取しなければならない。)
③ CCD 様の症状を起こした群の N.ceranae 感染率は、未感染の群の 6 倍であった。
④ 野外での罹患群から健康群への感染→CCD 様症状の再現を観察した。(尐数群)
⑤ 増殖パターンが4相に分かれ、病原体は年間を通して観察された。
(第1相)感染群は無症状。外役蜂の 60%が感染。平均胞子数/匹は 100 万以下。
(第 2 相)冬に異常な外役と産卵継続。感染外役蜂の平均胞子数/は 100 万以上。
(第3相)春→夏。殆ど全面蜂児巣脾に変わり、群は強勢化したかに見えたが、分蜂しそうな状態になっても王台形成が起きなかった。感染率は第 1 相に近い。
(第 4 相)産卵フィーバーは秋までが続いたが、突然 40%以下まで蜂が減り、蜂児圏は最小になった。已然活発な外役活動が続いたが、2 ヶ月後女王蜂が、少数生き残った若蜂に囲まれて死んでいる状態になる群が多く出た。
 貯蜜と花粉団子は残ったままで、小さな封蓋蜂児圏も残された。この第4相では、若蜂でも 40%以上の感染率で、外役蜂はさらに高かった。
⑥ フマギリンを投与した群は、菌が消えて群を維持できたが、無処置の群は消滅した。ただし、6 ヶ月後には処置群も再感染していた。(※フマギリンは胞子には無効。他の群からではなく同じ群からの再感染の可能性が高い。 従来型ノゼマ病予防の
ためには、冬になる前に投与されてきたが、季節性の従来型 N.apis には充分な対策でも、季節を問わず増殖する N.ceranae には決め手とはならないであろう)
 若い蜂の体内ではまだ下痢を惹き起こすほどは増殖しておらず、外で活動を始める20 日令頃までは健康に過ごすものであるとすれば、巣箱底や巣門付近で下痢の痕跡がないことにも、とりあえず合理的な説明がつくことになる。つまり日令の進んだ外役蜂
だけが、採集飛行中に、次々に山野で斃れている可能性が考え得るからである。
 Higes らは、訪花中の外役蜂を検査した結果、高い N. ceranae 感染率を示すことを明らかにした。 現在、世界中で新型 N.ceranae の常在化が進み、相対的に N.apis が消えつつある。新型インフルエンザ蔓延が季節性の発生を抑えるように、より高い生物学的地位(Ecological niche)によって、指定席は N.ceranae に与えられたようである

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