女王蜂の輸入はなぜ止まったのか?
届け出伝染病
農水省のミツバチ検疫は、家畜伝染病予防法(第 4 章)にしたがって進められる。
家畜伝染病予防法では、病原性や感染力が特に強いために、発生すれば焼却処分等の強制力のある命令が出される 26 種の「法定伝染病」が指定されている。(同法第 2 条)
そのほかに、届け出義務のある「届け出伝染病」として 71 の病気が指定されている。(同法施行規則 2 条)この両方を含めて「監視伝染病」と呼ばれている。ミツバチの監視伝染病としては、次のような病名が記載されている。法定伝染病 腐蛆病(ヨーロッパ腐蛆病・アメリカ腐蛆病の区別無し)
届け出伝染病 バロア病(へギイタダニ)、チョーク病、アカリンダニ症、ノゼマ病(Nosema apis と Nosema ceranae の区別無し)同属のごく近縁の病原性微生物であっても、動物の種類によって感染し易い病原体の種類はおおよそ決まっていて、その病原性にも大きな差があることが知られている。
そこで監視伝染病の指定に際しては、通常家畜の種類と病原体の学名が明記される。ところがミツバチの病気については、病名だけで病原体名さえ記載されていない。
腐蛆病には、ヨーロッパ腐蛆病(原因菌 Melissococcus plutonius)とアメリカ腐蛆病(Paenibacillus Larvae)があり、前者は球菌に属し、花粉不足などのストレスで発病する感染症とみなされている。 多数の群が一斉に発病する場合もあるが、健康群へは感染せず、環境が改善すれば自然治癒する。 一方、後者は芽胞を形成する桿菌に属し、発病群を放置すれば、やがて間違いなく全群に拡がる深刻な伝染病である。 このようにまったく異なる 2 種の病気が『腐蛆病』としてひとまとめにされているのである。
ヘギイタダニについては、国内に蔓延しているのは、Varroa destructor 1 種であり、他の 3 種はまだ侵入していないが、学名表記がないのでそのことが不明瞭である。アカリンダニ(Acarapis woodi)とチョーク病(Ascosphaera apis)はいずれも 1 種のみで、後者は以前から全世界に蔓延している。前者も国内で最近見つかった。
問題のノゼマ病についても、新旧別の病原体の区別なく届け出伝染病になっている上に、すべての届け出伝染病が例外無く検疫対象の病気となっている。しかし、現実に検疫繋留期間中に、ある動物が届け出伝染病に罹っていることが判った場合、動物検疫所はどう対応しているのであろうか?
どうやらその対応は家畜や病原体の種類、国内汚染の有無などによって変わるらしい。
国内に蔓延しているありふれた病気の場合には、病原体が完全に消えるまで家畜防疫官による治療が施され、繰り返し実施される顕微鏡検査で陰性となれば通関すると言う。
各家畜はその種が感染しやすい病気やその潜伏期間などが考慮され、観察のための繋留期間が定められていて、その間は動物検疫所や指定隔離繋留施設で過ごすことになる。
ミツバチは、まずこの繋留が難しい。届け出伝染病が見つかれば治療の方法もないため、処分する外にない。 他の動物と異なり、適切な隔離繋留の設備もなく、小さなカゴの中で指定繋留期間の 24 時間(0 時から 0 時までの実質 48 時間)を過ごすことになる。
しかし、王カゴ輸送は適温(16〜19℃)が保たれても、10 日程度が限度とされている。排泄ができない環境下での最後の 48 時間は、ミツバチには厳しいストレスになる。(繋留室に空調設備のない検疫所もあり、自前でエアコンを持ち込む必要がある。)
もし詳しい検査が必要になり、さらに繋留が延長されれば、治療によって病原体が消えるどころか、ノゼマに関しては時間経過と共に増加してくるはずである。(後述)
女王蜂輸入再開とノゼマ病
農水省は、ミツバチ不足解消のための政策の一環として、オーストラリアからの女王蜂の輸入が再開できるように計らおうとしている。しかし、すでに世界中に蔓延しているこの病原体を、農水省が検疫上どう扱おうとしているのかよく判らない。
農水省は輸入再開を求める声に対して、「特に農水省が輸入を止めている訳ではない。輸出国側が衛生協定を守ることができないため輸出を自粛していた。」と答えてきた。しかし、それは事実とは異なる。なぜなら、一方では動物検疫所から「顕微鏡検査を実施して、ひとつでもノゼマ胞子が見つかれば、現行法上通関させるわけにはゆかない」と言う見解が示されていたからである。
ノゼマ微胞子虫は多くの昆虫の腸上皮細胞に寄生する常在性の病原体で、特定の種が特定の宿主(多くは昆虫)を持つ。ミツバチにも 2 種のノゼマ微胞子虫が知られている。ミツバチは飛行中にしか脱糞しないが、輸送カゴに何日も閉じ込められれば、胞子が排泄されずに腸内に滞留し、増殖を繰り返して胞子の数は飛躍的に増えるはずである。事実、ある業者は臨床的には健康な大量の女王蜂を、2 度にわたって処分させられた。かつては臨床所見だけで通関を許されていたものが、顕微鏡検査を受けなければならないとなれば、まずまちがいなく胞子が見つかるであろうと我々は考えた。それを判っていながら、敢えて輸入に手を出そうする者がいなかっただけである。輸入側としても、衛生的な管理下で養成された健康な女王蜂を望むのは当然である。しかし、他の病原体や寄生ダニと異なり、ことノゼマ病に関しては、完全に清浄であることを要求することには無理がある。
西洋ミツバチには、従来型 Nosema apis か新型 Nosema ceranae か、もしくはその両方が、おそらくは世界中の養蜂場に存在していると考えるほうが自然であろう。
しかも抗生剤フマギリンは胞子には効かないため、予防的な投与によって、養蜂場での病気発生を防ぐことはできても、胞子を根絶させることはまず不可能であろう。そもそも、我が国もノゼマ菌に汚染されている事実をどう考えればよいのだろうか?
従来型N.apisはおそらく西洋ミツバチが導入された100年以上前に、新型N.ceranaeも遅くとも今世紀の始まり頃までには上陸を果たしていたはずである。
農水省は昨年 12 月 11 日のプレスリリースで、オーストラリア政府との協議で、「検疫強化の対策を盛り込んだミツバチの衛生条件改正にこぎつけ、輸入再開への道を開いた。」と発表している。その中身は輸出検疫において、ノゼマ病についても、従来の目視による臨床検査に顕微鏡検査を加えると言うものである。
それならば現行のスロベニアとの衛生条件と変わらないことになり、2007 年に私どもが輸入できたように、一般には問題が解決したかのように見えるかも知れない。しかし、問題は我が国に到着後、動物検疫所で実施される検疫の内容である。
その点が明らかにされていないために、我々は「これでは危なくて手が出せない」と思っている。臨床的には健康な状態で到着しても、顕微鏡で検査すれば胞子の一つくらい見つかる可能性があることは、すでに 2007 年に 2 度にわたり実証されている。
つまり、実際には状況は何も変わっていないと言うことである。
一方では、農水省はノゼマ菌の常在性を意識してか、豪州政府に対して異例にも衛生条件に選択肢を設け、そのひとつとしてフマギリンの予防的投与を要求している。
しかしフマギリンはオーストラリアでもスロベニアでも、我が国でも認可されていない薬剤であり、このような要求をして薬事法との整合性に問題はないのだろうか?
新型インフルエンザの国内感染が明らかになった時点で、厚生省は水際での防衛から、国内の予防・治療体制に切り替えた。誰にでも納得のゆく国の防疫対策である。
それだけに農水省が国内での感染対策を実施しているわけでもないのに、なぜノゼマ病の検疫に拘泥するのか判らない。 これから先は、公式に国内汚染を認めた上で国内の防疫対策を考えるべき段階にすでに入っているはずである。
ノゼマ病は OIE(国際獣医事務局)の「監視伝染病」(Notifiable disease=届け出伝染病)のリスト(後述)にも含まれていない。法的な視点で見れば、薬事法上の疑義のリスクを犯すよりも、省令改正でノゼマ病を届け出伝染病から除外することの方が妥当なように思われる。 もし、農水省がノゼマの国内汚染状況についてのデータが足りないと判断するのであれば、まずその調査を急ぐべきであろう。そのためであれば、たとえ輸入再開が先延ばしになるとしても、異存を唱えるような者はいないはずである。
ミツバチ輸入衛生条件、EU と日本
尐なくとも宮崎県における口蹄疫発生までは、我が国の動物検疫体制は世界でも評価の高いものであったはずだが、ことミツバチに関してはその役割を果たせていない。常在性で病原性の低い疾病や、国内で蔓延しているものが対象にされていながら、世界中が注視している寄生生物や害虫が忘れられている現状にある。
検査の診断基準を、OIE の陸生動物診断基準(OIE Terrestrial Manual 2004)に求めている一方で、届け出伝染病の指定に際しては OIE 基準を参照した形跡はない。事実、OIE が監視伝染病から除外しているノゼマ病とチョーク病が指定されている。
色々な矛盾がある。たとえば、OIE の監視伝染病でないノゼマ病原体の顕微鏡検査を、輸出国側に求めながら、同列扱いのチョーク病については何も要求されていない。日本養蜂はちみつ協会によれば、農水省のコメントには、(オーストラリアからの女王蜂再開が可能になったことで)「南米からの輸入の必要性が無くなった。」とある。これは、農水省がアフリカ化ミツバチを懸念した結果のコメントと思われるが、一部の人達の誤った指摘を、農水省がそのまま鵜呑みした可能性が高い。
アフリカミツバチはその生態学的地位(Ecological niche)を熱帯サバナ気候に占める亜種で、四季を伴う温帯では優先種とはなり得ないアルゼンチン北部にアフリカ化ミツバチが自然営巣していることは事実である。
しかし、アルゼンチンの国土は我が国の 8 倍もあり、輸出用女王蜂が生産されている地域(南緯 42 度以南)は、アフリカ化ミツバチの棲息地域とかけ離れている。SENASA(El Servicio Nacional de Sanidad y Calidad Agroalimenticio =農産食品衛生及び品質管理局)は、一定期間をおいて、この地域のミツバチについて DNA 検査を実施しているが、最新 2010 年の調査でもまったくアフリカナイズされていないことが証明されている。現実に世界各国に大量に輸出されていて、その評価は高い。
そもそも石破前農水相の指示で、アルゼンチンとの交渉を進めようとしたのは、ほかならぬ農水省である。アルゼンチン政府は東京に専門家まで派遣して、ノゼマ病に関する農水省の認識の誤りを指摘して、検疫指針を変えるように説得していた。
憶測ではあるが、このような機会のなかで農水省のノゼマ病の知識が次第に深まり、本心では厳密に検疫する意味のないことを悟った節が感じられる。その後、名古屋大の門脇教授らの調査によって、我が国も従来型・新型共にノゼマ菌にかなり汚染されてい
ることが判明し、公式には発表しないままに、検査方法を変えて輸入リスクを軽減させている。最終的にオーストラリアからの輸入をやればやれるところまでに至ったのは、そのためでる。しかし、そうとすれば、アルゼンチンにとっては甚だ失礼な話である。
アルゼンチンは EU が女王蜂輸入を認める数尐ない国(後述)のひとつであり、もしこのまま交渉が閉ざされることになれば、我々は、信頼できる輸入先の選択肢を科学的な根拠の無い杞憂で失うことになる。
女王蜂の国際取引の総額は不明だが、他の家畜・家禽や畜産物に比べれば、スズメの涙ほどであろう。したがって、輸出国側政府が、WTO に提訴してまで非関税障壁の撤廃を求めるとも思えないが、どうみても我が国に道理があるような話ではない。
ちなみに女王蜂輸入が盛んな EU 各国の検疫は、どうなっているのであろうか?
EU に輸入される女王蜂に関する監視伝染病
Acarapisosis; (Tracheal mite=アカラスダニ症) OIE のみ
American foulbrood (AFB=アメリカ腐蛆病) OIE, EU 共通
European foulbrood (EFB=ヨーロッパ腐蛆病) OIE のみ
Small hive beetle (SHB=ハチノスムクゲケシキスイ) OIE, EU 共通
Tropilaelaps sps. (Tropilaelaps mite=ミツバチトゲダニ) OIE, EU 共通
Varrosis(Varro asps.=ミツバチへギイタダニ症)
OIE がヨーロッパ腐蛆病やヘギイタダニを監視対象とするのに対して、EU は除外している。すでに域内に蔓延しているために検疫対象から外しているのである。
ただし、この除外は女王蜂輸入検疫に限ってのことで、各国内では個々に届け出伝染病を指定している。(例えば、ヨーロッパ腐蛆病は大半の国で指定されている。)
一方、OIE がそれらを指定するのは、世界の防疫を監視する立場上、まだその存在が確認されていない地域がある限りは監視伝染病から外すことができないためである。
EU は域内各国間の女王蜂取引規定(Council Directive 92/65/EEC)を定めていると同時に、一定の衛生条件のもと EU への輸出が認められる第三国を指定している。
(Commission Decision 2003 amended by Commission Decision 2005/60/EC)
現在、その条件を満たしている国は、アルゼンチン、N.Z、豪州、ハワイ州だけである。
EU は域内でまだ未確認の SHB(スモールハイブビートル)とトゲダニの侵入防止を特に重視して、上記の国以外からの女王蜂輸入を禁じると共に、これらの 4 ヶ国に対しても養蜂場半径 100km 以内にこれらの発生が無いことの証明を求めている。(Annex
E part 2 of Council Directive 92/65/EEC )
我が国の衛生状態は、バロア、アメリカ腐蛆病、ヨーロッパ腐蛆病、ノゼマ病が蔓延している点と、前記 2 種の害虫の侵入を許していない点で EU の状態と似通っている。
しかし、EU では、特に危険なアメリカ腐蛆病と域内未確認の病原体の侵入が厳しく監視される一方、その他の国内常在の届け出伝染病は検疫対象外とされている。
一方、農水省の輸入検疫指針は、届け出伝染病すなわち輸入検疫上の監視伝染病となっていて、そのことが女王蜂輸入に関する基本的な障碍になっている。農水省内にミツバチの専門知識のある技官がいないこと、大学や研究所などにも蜂病の研究者がいなかったために、適切な答申を期待できる諮問先を持たないようである。
歴代の担当者が、輸入要請がある度に輸出国側と協議しながら、衛生条件を決めてきたらしい。 マイナーなミツバチについては、輸出国側にも専門家不足の事情があるようで、その両者の協議の結果決められた衛生条件は、結果的に輸出を不可能にしてしまったケースが尐なくない。当然協定内容は各国でばらばらで、互いの整合性がない部分が多いことが特徴となって
いる。
日本向けに輸出されるミツバチの家畜衛生条件の比較(農水省資料より)
国名 | 届け出伝染病 指定要求 | ① 一定区域内、一定期間の無病条件 ② 輸出のための検査対象と検査の方法 | |
ニ ュ ー ジ ー ラ ンド | 平 成 12年 | 届け出伝染病 指定の要求無 し | ①EFB・アカリンダニ・ミツバチトゲダニが無い。 半径 3km 以内で 8 ヶ月間 AFB・ノゼマ病・サックブルード の発生が無い。2 年間バロアが無い ②出荷前 30 日以内。目視による臨床検査 |
イ タ リ ア | 平成 16年 | AFB・EFB バロアダニ ノゼマ病 アカリンダニ | ①周囲 50km 以内 2 年間バロア発生無し。周囲5km 以内、 8 ヶ月間以上、AFB・EFB・チョーク病・アカリンダニ・ ノゼマ 病の発生が無いこと。 ②AFB・EFB・ノゼマ病の 30 日以内の臨床検査 |
ロシア | 同上 | 同上 | ①同上 ②同上 |
ス ロ ベ ニ ア | 平成 18 年 | AFB・EFB バロアダニ チョーク病 ノゼマ病 アカリンダニ | ①過去 3 年間バロア発生のない養蜂場由来である。 周囲 5km 以内、8 ヶ月間 AFB・EFB・チョーク病・ アカリンダニ・ノゼマ病の発生が無い。 ②出荷 30 日以内の AFB・EFB・ノゼマ病の顕微鏡塗抹検査 |
ハ ワ イ 州 | 平成 20年 | 届け出伝染病 指定の要求無 し | ①ハワイ州にアカリンダニが無いこと。養蜂場のある島には バロアが無いこと。周囲 5km 以内に 8 ヶ月間 AFB・EFB・ チョーク病・ノゼマ病の発生が無いこと。 ②6 ヶ月以内の同上顕微鏡塗抹検査 |
チ リ | 平成 21 年 | AFB EFB バロアダニ アカリンダニ | ①周囲 5km 以内 8 ヶ月間 AFB・EFB・アカリンダニの発生 が無い。②出荷 30 日以内全体群数の 10%か 25 群の多い方を バロア臨床検査。AFB は PCR 又は細菌培養、EFB は細菌培養。 ノゼマ病は 5%以上か 25 群以上の顕微鏡塗抹検査 |
豪 州 | 同上 | AFB EFB チョーク病 アカリンダニ | ①周囲 50km 以内にバロア発生が無い。5km 以内 8 ヶ月間 以上 AFB・EFB・チョーク病・アカリンダニの発生が無い。 ②ノゼマ病は次のいずれかの条件を満たすこと (A). 周囲 5km 以内、8 ヶ月間ノゼマ病の発生が無く、出荷 30 日以内の臨床検査で陰性であるか、(B). または女王蜂は 4 週間 以前にフマギリンを投与後、顕微鏡検査で無病を確認された養 蜂場由来であること。付き添い働き蜂は出荷前 30 日以内の顕 微鏡検査で無病が確認された養蜂場由来であること。 |
※AFB=アメリカ腐蛆病、EFB=ヨーロッパ腐蛆病
農水省の女王蜂検疫に望む
常在的な病原体を届け出伝染病と指定した上で、それをそのまま監視対象として輸出国側に無病証明を要求することには、基本的な無理があることは既に述べた。届け出伝染病は、それはそれで国内防疫に活かす一方、不必要な輸入検疫の対象から外すべきであろう。 なぜ EU と同じようにできないのであろうか?女王蜂を輸入してきた者としていつも感じることは、自己責任で輸出国の衛生状況を調べなければならない不合理さであった。 過去に世界中に広がったダニや病気の例を思えば、1 民間人と云えども万が一の時の責任は重いからである。その意味で輸入検疫はもっと実効的な防疫対策として実施されるべきである。
危険な SHB やトゲダニが未だに届け出伝染病ではないことは農水省の怠慢であろう。一方、ノゼマ病が届け出伝染病であると言う理由だけで、「検査の結果が陽性でした。残りの蜂も全部処分します。」とやられてはたまらないと言うのが、輸入ストップの本
当の原因であったことも忘れてはならない。上の表でも明らかなように、年代の新しい衛生要求協定ほどノゼマ検査に関する要求は多い。チリとの協定では、採算上契約が成立しないだろうと思われるほどである。女王蜂の価格は 1 頭あたり 15US$ほどであり、仮にこれまでの国内需要に近い10,000 頭を一度に輸入したとしても、150,000US$しかならない。 普通、輸入数は数百から 1000、2000 と言ったところである。これでは検査コストが大きすぎて、他の輸出国と競争ができなくなり、実質的には輸入禁止と同じことになる。
農水省が、本当に女王蜂の輸入を正常化しようとするのであれば、省令改正で法定・届け出伝染病の指定を根本的に見直さなければならない。それがすぐには難しいのであれば、せめて EU 並に、輸入検疫対象を届け出伝染病とは別の位置づけにすべきである。
WTO 加盟する各国の間には、動植物やその生産物の貿易に関して、関税の段階的削減と共に、自国産業を不公正に保護する「非関税障壁」の撤廃が約束されている。
SPS 協定(Sanitary and Phytosanitary Agreement=動物・植物衛生協定)は、それを担保する諸協定のひとつであり、EU の女王蜂輸入検疫への対応は、単純に国内衛生対策と区分けしただけのことではない。WTO メンバーとして、域内の汚染状況にかんがみて決定された SPS 協定への対応でもある。農水省の輸出国への要求内容には、この協定に照らしてみて不適切な部分が尐なくない。
もっとも、国内に女王蜂産業は存在しないので、意図的でないことは確かである。蜂に限らず、あらゆる動植物の国際取引に衛生上のリスクが伴うことは否定できない。しかし、取引そのものを止めることは許されない。我々が口にするほとんどの食料は、歴史的にも世界中の種子や種母家畜の導入から始まった農業生産に依存している。ちなみに西洋ミツバチはもとより、蜜源植物もまた大半は海外から持ち込まれた種である。なすべきことは、今までに蓄積された衛生知識をもって、リスクを最小限に留めることであり、リスク 0 を求めることではない。 SPS 協定の基本的な理念でもある。
参考 SPS 協定 協定の基本的重要部分とミツバチに係る部分の要約と解説
GATT ウルグアイラウンドに始まる自由化交渉は、WTO に引き継がれ、自由貿易推進のために、すべての農畜産物の例外なき関税化とその段階的削減及び非関税障壁の撤廃が、加盟国に課されている。動植物取引も例外ではなく、輸入国が輸出国に対して、自国産業の保護を意図する不公正な衛生条件を要求することが禁じられている。SPS 協定は、加盟国が公正かつ有効な衛生条件を共有するための基本的ルールであり、OIE は、その目的を達成するための技術的諮問機関としての役割を果たしている。
協定の要旨;
- WTO メンバー国は、あるかも知れない未知のリスクを避ける意図をもって、輸入を制限または禁止してはならない。
- 地域産業保護のために、輸入に対して差別的な検疫対策が施行されてはならない。
同じような衛生レベルの輸出国の間に差別的な扱いがあってはならない。
輸入が安全であるならば、取引も必然的に認められなくてはならない。 - 輸入による利益があるかどうかについて、政府が関与して判断してはならない。
協定の主要原則; - 必要性
WTO メンバー国は、SPS 協定に矛盾しない政策をもって自国のミツバチの健康を保護する権利を有する。国としての権利は保たれるが、WTO に自国を委託した以上、その権利の内容は WTO に対して均衡が保たれていなければならない。
これが SPS 協定理解のキーとなる。SPS 協定は、政治的にではなくむしろ科学的な根拠によって、必要なことを決める。
検疫対策は、科学的論理を基礎にして科学的根拠が示される場合のみ適用される。 - 一貫性(矛盾のないこと)
⑴ 国外の供給者を差別してはならない。国内業者と同等に扱われなくてはならない。
たとえば、国内で取引されるミツバチに同等の衛生要求がされていないままに、輸入ミツバチだけに無病性を要求することはできない。
⑵ 同等又は似たような衛生状態の他の WTO メンバー国の間に、輸入のために異なる衛生条件を提示することは許されない。 - リスク評価(査定)
国際的基準の適用なしに、輸出された(される)産品の輸入が制限または禁止されてはならない。それが認められるためには、ミツバチ衛生に影響することが明らかな識別可能なリスクが存在することが前提となる。リスク分析にあたっては、OIE が提供する手法が導入されなければならない。
リスク分析が実行されれば、輸入によって生じる寄生生物または病気の侵入や定着とそれに引き続く影響を考慮した衛生対策が決定されなければならない。
リスク分析は、このリスクを輸入によって起こり得る輸入国のミツバチ衛生へのリスクであるとみなさなされる。輸入によって生じ得る利益の有無は、輸入の認否の決定材料にされてはならない。もし輸入が安全であれば、取引は無条件で認められる。
その利益の有無に関する判断は、輸入国の消費者に委ねられるべきで政府にではない。 - 最尐輸入制限
輸入国が適切と判断する健康保護のレベルを提供する衛生条件の選択にあたっては、取引を行う上で最尐の制限のものが選択されなくてはならない。 - 均等
協定は、動物由来産品への特別な衛生条件の適用に固執する輸入国を無くすことにも焦点を置く。輸入国は、輸出国の保護対策が、明らかに適切なレベルにまで達している場合は、輸出国が採用している異なった衛生対策手法を受け入れなければならない。 - 協調
衛生協定の協調は、SPS 協定の重要な目的の一つである。
加盟国は、国際標準・勧告・指針を基礎に自国の衛生条件を決めなければならない。
動物衛生に関するスタンダードは、OIE によって策定される。
OIE の重要性は過去よりもさらに増している状況にある。 - 地域性
衛生状態に関する地域性が考慮されなくてはならない。
地域による差がある限りにおいて、輸入国または輸出国全体が汚染国であると判断されてはならない。ある国のより良い衛生状態の地域からの輸入が可能である一方、別の地域からは許されないことはあり得る。しかし、その地域が清浄か低レベルの汚染
であることを証明するために、輸出国は地理的生態学的な要素と有効な調査を基礎とする客観的証拠を提出しなければならない。 - 透明性
加盟国は、他の加盟国に対し、提案する衛生取締り規則について報告すると共に、その実施に先立って批判を受け入れるための時間的余裕を持たなければいけない。(深刻な病気のアウトブレイクなどのような緊急事態の場合は例外とする)他の加盟国は批判し、反対意見を具申する権利を有する。