世界のへギイタダニ対策の新しい傾向と戦略

ミツバチの減少・消失の現状と原因究明

 依然として、世界的なミツバチの異常な減尐・消失が続いている。アメリカの専業養蜂家の多くは、越冬のためフロリダ州など南部へ蜂群を移動する。2 月にカリフォルニア州でアーモンドの花粉交配への貸し出しが始まるため、1 月にはその準備のため内検に取りかかる。群の状態はこの時に判る仕組みになっている。
 2006/2007 の越冬中の群消失は 31%、2007/2008 は 36〜37%、2008/2009 も大差なく、2009/2010 の平均がどう出るか、業界関係者一同固唾を呑んで見守っている。すでに巣箱のリース代は以前の$50/群から、現在一部では$150 を越えている。
 EU 域内でも、2008/2009 の越冬群消失が 30%を下回る国はほとんど無かった。
 ミツバチに代るマルハナバチの出荷は EU 全体で 100 万群に達していると言う。
 皮肉なことにマルハナバチの飼料は、糖液と西洋ミツバチが集めた花粉である。最大の花粉生産国であったスペインでは、養蜂家が冬の間に減った群を建て直すために採取を控えるようになり、昨年の生産量はかつての 10%台にまで落ち込んでしまった。
 研究者の報告では、異常を示す群の検体から数多くの新種ウイルスが発見されている。これまで西洋ミツバチから見つかったウイルスは 18 種に達するが、それぞれの病理の詳細については、まだ充分な調査研究が進んでいない。
 一方 Nosema ceranae と言う新型のノゼマ病が全世界に拡がっていることも判った。アメリカでの平均感染率は、2005 年 10%、                2006 年 15%、2007 年 25%と増えている。EU では、従来型のノゼマ Nosema apis は、ほぼ新型に置き代ってしまったと言う。
 我が国でも各種のウイルスが分離され、新型ノゼマ病にも感染していることが判った。最近、原因不明の蜂群消滅のニュースが各地から聞かれるようになり、これらの病原体が関与している可能性がある。しかし、我々養蜂家がとかく、「これ」と言う原因を特定したいと考えがちであるのに対して、世界の研究者などの考えは尐々異なる。研究者の多くは、ダニ・農薬(へギイタダニダニ剤含む)・栄養不良・病原微生物などが相互にリンクする形で、全体的にミツバチへの影響を増幅させると考えている。
 Jeff Pettis(アメリカ農務省のミツバチ研究リーダー)は、「低濃度殺虫剤に晒された蜂は、そうでない蜂の 4 倍のノゼマ感染率を示す。」と言う。また、「急性麻痺病ウイルス APV 感染群へのフルバリネート剤投与によって、APV による致死率が飛躍的に高まり、幼虫・蛹の生存率も著しく低下する。」(W. Ritter ら)ことも証明された。世界の研究者が CCD の究明に努めているが、決め手となるような報告はまだない。原因究明が進まないことには理由がある。 対象がミツバチであるからである。
 CCD の本質的な特徴は、巣箱の中では症状を現さない蜂が野外で斃れることにある。まず、その新鮮な斃死体(検体)を見つけることが難しい。見つかったとしても、どの群由来の蜂であるかを特定することができない。また疑わしい病原体が分離されても、
それが群衰退の直接原因であると限らない。 別の原因で蜂が減れば、巣内の衛生環境は悪化する。その結果、二次的に病原体が増殖することは珍しいことではない。

病気とへギイタダニ

 近年、PCR と呼ばれる進んだ遺伝子解析技術によって、次々に新しい病原体が発見されている。形態的によく似ているために同一種とみなされていたヘギイタダニは、現在では 4 種にまで分類されている(D. Anderson ら)。世界で西洋ミツバチに大きな被害をもたらしているのは、その内の 1 種 Varroa desctrutor だけであることも判った。
 新型ノゼマ病の病原体は、形態学的な特徴だけでは特定が難しく、PCR を使うことで、旧型との判別がされている。ミツバチからは 18 種のウイルスが見つかっているが、大半はこの技術をもって近年新たに発見されたものである。
 現在までに、ある程度病原性が明らかにされた主な病原体は次のとおりである。(腐蛆病・チョーク病・従来型ノゼマ病・サックブルードなどの旧知の病気は含まない。)

  1. DWV(奇形翅ウイルス)
     へギイタダニがベクター(媒介生物)。ダニ寄生の指標として広く知られている。
  2. APV(急性麻痺病ウイルス)
     吸血の際にダニから蜂へ直接的に、あるいは給餌行動を通して APV に感染した成蜂から幼虫へ二次感染する。発症から致死までの経過が極めて早い劇症型のために、蜂はウイルスの潜伏場所にはなり難く、ダニがその役割を果たしているとの説もある。
  3. IAPV(イスラエル急性麻痺病ウイルス)
     強毒性が多い RNA ウイルスで KBV や APV にごく近い種。CCD 発生群では 95%の確率で分離されるが健康群にも見つかる。伝播にダニが関与する可能性は高い。ダニがいないオーストラリアの蜂にも見つかるが、CCD を起こしていない。
    ダニや農薬などのストレス要因が加わって発症すると言う説が有力。
  4. KBV(カシミールビーウイルス)
     ダニ寄生との関連性は APV・IAPV と同じだが、強い病原性は無いと言われる。
  5. Nosema ceranae(新型ノゼマ病微胞子虫)
     農水省が女王蜂輸入を事実上止めた原因となった細胞寄生性の黴。
     Higes ら(スペイン)が、[How natural infection by Nosema ceranae causes honeybee CCD ](インターネット検索可)において、その病理を詳細に報告するまでは、病原性を否定する研究者も尐なくなかった。 従来型と異なり、下痢・這い蜂等の明瞭な
    症状が無く、もっぱら外役蜂の体内で増殖するために蜂は野外で斃れると言う。
     CCD の原因とすれば合理的な説明が付くが、実は健康群にも見つかる。
     しかし、ノゼマ菌に腸上皮細胞を破壊されたミツバチには、ウイルスが体内へ容易に侵入する可能性がある。 そのため、外役蜂の           野外斃死だけでなく、若蜂にウイルス性急性麻痺を引き起こす元凶であるかも知れないと考える研究者や養蜂家が増えている。
     興味深い事に、「女王蜂輸出を通じて、全世界に新型ノゼマ病を蔓延させた。」と非難されたオーストラリアでは、実はノゼマ病はあまり問題になっていないようである。
     ちなみに、へギイタダニがいない唯一の大陸は、オーストラリアである。
     このようにダニ寄生と他の病気との間には、密接な関連がある。ダニは吸血によって宿主の免疫力を弱め、病原体を媒介し、蜂を減らして巣内の衛生環境を損ねてさらに別の蜂病の発症を促す可能性がある。さらに、このような病気に一度感染すれば、ダニが駆除された後にも、蜂から蜂へ感染が引き続くことも確認されている。幼虫・成蜂期間を通してのダニ寄生は、あきらかに成蜂の寿命低下をもたらす。恒常的に成蜂が早く死ねば、群は育児のために必要な適温 34〜35℃を保てなくなり、さまざまな病気発生の要因となる。(チョーク病の原因黴菌は 30℃以下で増殖する。)経験豊富な養蜂家も、蜂減尐の根本的な原因はフルバリネート抵抗性ダニの蔓延によって、寄生率が充分に下がらないことにあると見ている。アピスタン販売元の日本農薬(株)は、受注に際して顧客から過去の投薬履歴を聴取して、抵抗性ダニの可能性がある場合はその旨を通告するように努めていると言う。ところで、アピスタンに代わる製剤として、我が国でも昨春アピバール(アリスタ社)が発売されたが、大半の養蜂家は「充分な効果がない」と言う評価を下した。ただし、この薬剤は EU 内で長い間販売されてきており、我が国でなぜ効力を発揮しなかったかと言う疑問が残る。答は今後のメーカーの調査にかかるものである。現実には、アピバールではなく農薬マブリック(フルバリネート)を使って頻繁に駆除を繰り返した養蜂家のほうが、ややダニの被害を尐なく留めたようである。
     しかし、アピスタンの開発者 M. Watkins 自身が、過剰投与の危険性を繰り返し指摘している。 事実、その使用濃度・量・回数は、すでに一般的な想像の域をはるかに越えており、ミツバチへの蓄積的な影響とハチミツの中への残留が懸念されている。
    ちなみにミツロウは、その吸収しやすい化学的性質もあって、すでに世界的にフルバリネートの残留が問題視されている。(化粧品・製薬メーカーが困っている。)
    そこで世界の先進的な養蜂家や研究者は、化学物質に頼る駆除には限界があると考え、ある程度「ダニとの共存」を容認しつつ、まず農薬系殺ダニ剤の使用を止めて、抵抗性ダニの発生を許さないようなアプローチで対処し始めている。
    まず非農薬の薬剤を採用することと、物理的な駆除法を併用することが必要となるが、ミツバチが本来持っている防衛能力を引き出すことも、長期戦略として考えられている。

西洋ミツバチの防衛能力

 ミツバチの遺伝的な防衛能力とはどんなものであろうか?
① ダニまたはダニに寄生された幼虫・蛹の感知(匂い)とそれを除去する能力。
② グルーミング(噛み落とし)。特に巧みに落とす系統もある(カーニオラン種)
③ 羽化までの生育期間の短い系統。(例=東洋種・ケープミツバチ)
2009 年フランス・モンペリエで開かれた国際養蜂会議では、薬剤抵抗性ダニに関する特別シンポジウムが行われた。なかでも一切のダニ駆除をやめて、大群を失いながらも、最終的に尐数のダニ抵抗性ミツバチ群を確保した一例の発表が注目を浴びていた。
薬剤抵抗性ダニ対策のために、米国農務省は 1997 年に極東ロシア沿海州から、カーニオラン系品種を導入した。現在はロシアンビー養成協会がその普及に努めている。
実は原産地では、本来の宿主である東洋ミツバチと 150 年間以上棲息地域を共にして、常にダニの寄生に晒されていながら、何も対策が講じられたことがない。
したがって、現在生存している蜂はダニへの抵抗性を持つ系統であると考えられている。
同じ現象は、中南米・アメリカ南部で野生化しているアフリカミツバチにも見られる。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは南緯 34 度に位置し、32 度以北のアフリカ化ミツバチの棲息地域からは離れていて、この地域の女王蜂は世界各国に輸出されている。
アルゼンチンでは、アフリカ化を肯定的に認めてダニ抵抗性の系統を作ろうとする研究者と、ヨーロッパ種にこだわる女王蜂生産者との間で激しい論争まで起きた。
確かに彼らは、「性質」「繁殖力」「採蜜力」「低分蜂性」について改良に務め、成功を納めてきた。したがって、ヨーロッパ系品種を維持しようとする業者側の言い分は充分理解できる。しかし、人間に好都合な性質ばかりに品種改良の重点が置かれ、蜂にとっ
て重要な耐病性・寄生生物への抵抗力などは無視されていたこともまた事実である。
南米コロンビアに、シエラ・ネバダ・デ・サンタマルタと呼ばれるアンデス山脈から
独立した巨大な山塊があり、熱帯ながら標高 5000m を越える頂上には雪を戴いている。
標高 1500m 付近にある小さな町を過ぎると、6 つの部族が原始に近い生活を営む熱帯の山岳地帯になる。動植物には固有種が多く、ユネスコによって自然保護区に登録されているが、過去にあったコカ栽培のため、完全な自然が残されている訳ではない。
現在、さまざまな組織が、現地の人々の経済と自然保護を両立し得る持続可能な事業として養蜂に取り組んでいる。アフリカミツバチとの交雑種であるはずだが、それほど性質が荒いとは思わないと言う。(送られて来た動画映像からもそのことが窺われる。)
注目すべきは、ここでも「ダニは居るが目立つような被害が無い。」ことである。
標高 1800m 付近は、熱帯の平地の平均温度 29℃とすれば、約 10℃低い 18〜19℃程度
であるはずで、アルゼンチンにおける緯度(気温差)を境界とするヨーロッパ系とアフリカ化ミツバチの「棲み分け」現象が、標高差を境にして起きているようである。
ちなみにアルゼンチンのパンパス平野部、南緯 32~34 度はハイブリッドゾーンと呼ばれ、交雑は避けられない地域ではあるが、それでも気温が低い所ほどおとなしいと言う。
シエラネバダでは両系統の標高差による「棲み分け」が起こり、養蜂家にも好都合な形で交雑したハイブリッドゾーンが形成されたのかも知れない。(ちなみに腐蛆病も発生しないため、100%オーガニック生産が行われている。)
このように、東洋種ミツバチがダニを巧みに噛み落とすように、西洋種であっても、野生種やその交雑種には同じような防衛能力が備わっていることが判ってきた。

これからのダニ対策戦略

 薬剤を使い続ける限り、ダニに対するミツバチの本来の防衛能力の評価はできない。とは言え、実際の養蜂の現場では、使用せざるを得ない現実があるのも事実である。
 そこで我々養蜂家は、何が出来るのかを考えて対策を練らなければならない。アメリカのある養蜂家は、これまで 1000 群の管理に 1 人を充てていたが、現在は 500群/人に変えて、モニタリングとオーガニックなダニ駆除を心がけていると言う。とにかく、まず寄生しているダニが薬剤抵抗性かどうかを知ることが先決である。
 もし抵抗性を持つことが判れば、そのレベルがそれ以上にならないように、むしろ将来薬剤の効力が再び回復するように、色々な戦略を採用しなければならない。

  1. 投薬前にまずダニの寄生率をモニターする。(シュガーシェイク法など)全体の群数の数%程度でもよい。
  2. 「薬剤投与回数=抵抗性獲得の機会数」と考えるべき。寄生率が低い場合には、あえて駆除しない。定期的駆除はやめる。(チモールなどは投与しても良い。)
  3. 寄生率のモニタリングと共に、薬剤抵抗性レベルのモニタリングが必要。
    そのために薬剤投与を行った場合は、後からもう一度同じ群の寄生率を調べる。
  4. 始めから寄生率が特に低い群があれば、ダニへの防衛力を持つ可能性のある群としてマークして、種母群候補として他の性質も含めて観察を続ける。投薬後も已然として寄生率が高い場合や、投薬前との変化が尐ない場合には、同じ薬剤を繰り返し使わないように、別の駆除方法を採用しなければならない。
    経験豊富な養蜂家でも、内検による目視だけで正確な薬剤効果の判定をすることは不可能で、投薬前後のモニタリングのみがそれを可能とすると考えなければならない。

新しいダニ寄生率のモニタリングと駆除の方法

  1. 物理的駆除
    ① 雄蜂巣脾トラップ法
     雌ダニが好んで侵入する雄蜂房を、「もんどり」として利用する。巣房の「封蓋後、出房前」に巣箱から取り出して処理する。雄峰繁殖時期には有効。ダニ駆除とモニタリングが同時にできる。(市販のプラスチック巣礎もある。)
    ② 粉糖法(シュガーロールまたはシュガーシェイク法)
    モニタリングのためには、一定数の成蜂を「アミ蓋付き計量ビン」に採取して、落下したダニを数えて正確な寄生率を算出する。(落下率約 90%、ミツバチには無害)。駆除のためには巣枠の上から粉糖を振りかける。欧米の巣箱では底板は巣箱
    本体から独立しているので、東洋ミツバチの落下巣屑を受けるための「引き出し」に似た底板が別に市販されている。「引き出し」の上にはネットが張られていて、一度落下したダニと蜂との再接触を妨げるような工夫が施されている。
  2. ③ 粘着シート(Sticky board)法
     一対の粘着シートと粘着剤との接触から蜂を守るためのネットとで成り立つ。グルーミングなどで落下するまだ生きているダニを捕捉する装置。非農薬系薬剤による駆除(後述)の際にセットすれば、その駆除効果が高まる。
     ただし日本式の底板打ち付け型の巣箱への装着はかなり不便。
  3. 非農薬系薬剤の活用
     蓚酸・蟻酸や各種エッセンシャルオイルに効力があることが知られている。
    効力は务るが、農薬系殺ダニ剤のように耐性を生じる恐れがないため、繰り返し投与できる。ただし、ハチミツへの残留は無害でも、「匂いの残留」には注意が必要。チモール製剤は専用のダニ駆除剤として世界中で市販されている。チモールと粘着シートを組み合わせて使えば、ダニ駆除と寄生率のモニタリングが同時に行える。ハワイ大学を中心に蟻酸を有効成分とする製品の開発が進んでいる。ある一定量以上の投与で、封蓋蜂児に寄生するダニを殺すので、早期の発売が期待されている。

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