ミツバチの健康と農薬

農薬革命

水溶性の新しい殺虫農薬(浸透移行性農薬)が広く世界に普及し始めた 2006 年頃から、CCD と呼ばれるミツバチの消滅現象が始まった。我が国もその例外ではない。
 CCD 現象はミツバチの死骸を伴わない。そこへ近年、数多くの新しい病原体の発見が相次ぎ、農薬原因説は今まで重視されることがなかった。ところが、どうやらミツバチだけでなく、昆虫類を含む無脊椎動物全体とそれらを補食する生物全体の減少が次第に明らかになり、農薬の影響が問題視されることになった。英国やオランダでは、昆虫の減少によって、花粉媒介に依存する希少植物の中に絶滅の危機に瀕している種がある。
そこに浸透移行性農薬(主にネオニコチノイド系)が関係していることも判ってきた。これらの農薬は、根から吸収させて植物体を有毒にすることで、長期間、害虫の食害を防ぐ効果があるために、省力化を望む先進国農業にいち早く取り入れられた。一方、発展途上国では、先進国で売れなくなった旧系の農薬が、今も主に使用されている。
 当然、死骸が散乱する急性中毒の被害は起こるが、皮肉にも CCD は起きていない。
(しかし現在、ネオニコチノイド農薬は、途上国にも広く普及しつつある。)
世界地図上では、CCD 発生とネオニコチノイド系農薬汎用地域はほぼ重なるし、わずか 1km 隔てた離島間でも施用の有無によって、群勢が全く違う例が観察されている。
ネオニコチノイド系農薬は、状況証拠では有力な容疑者でありながら、散布時の急性中毒の場合以外には死蜂が現れないために、決め手となる物的証拠が見つからない。しかし、亜致死量(死に至らない量)の体内摂取が、方向感覚を狂わせ、寿命を縮め、免疫力の低下を招いて様々な病気を発生させている可能性があることが判ってきた。実際、急性中毒による大量死の外にも、果樹栽培・稲作地帯では以下のような症状が多く見られるようになった。養蜂家にとっては、実はそれが重大問題である。

  1. 病気が発生しているわけでもなくヘギイタダニが多い状態でもない。貯蜜もあり、花粉不足でもないのに蜂が増えない、または減る。
  2. 若蜂ばかりになり、蜂児圏の広さに比べて成蜂数が少ない(蜂が薄い)状態が続く。
  3. 最盛期にも溢れるような群勢にならない。更新王台も数多く作らない。
  4. 処女王の交尾の成功率が低下した。
  5. 完成女王蜂が中途で斃死するケースが増えた。
  6. 以上の状態が、農薬施用終了後も 3 週間以上の長期間または転地先でも続く。

ミツバチは周囲環境中の様々な農薬に触れるが、なかでも浸透性農薬は花粉・蜜・溢水(溢液・露滴)や環境水の採集を通して摂取され、ごく低濃度か微量でも、分解が遅く、長期間繰り返し暴露されることで後から毒性が現れる可能性が指摘されている。
ネオニコチノイド系以外にも、浸透移行性はないが、昆虫類に特に強い毒性を示す新しい農薬、フィプロニルが生まれている。主に米・野菜に使われる水和剤の外、白蟻やゴキブリ駆除の製剤が多い。3 週間は効力が落ちない。強毒性でありながら遅効性のた
め、摂取後も 1〜2 時間は影響が現れず巣にもどることができる。シロアリは造巣に付近の土を用い、ゴキブリも営巣はしないが集団を作る習性がある。この習性を利用して全滅させる作戦である。ゴキブリは仲間の糞や死体を食べることで、次の犠牲者が出る。
昆虫食の西洋クロスズメバチは、行動半径内の農地に散布されると 1 週間以内に全滅すると言われる。ミツバチの場合も、外役蜂がフィプロニルに汚染された花蜜を吸ってもすぐには死なず、何度も汚染された花蜜や花粉を巣に持ち帰る可能性がある。
上記の症状と農薬の体内移行による被害との関連の可能性を以下にまとめてみた。

  1. 花粉・花蜜の採集→成蜂の方向感覚麻痺→野外で斃死。(症状 1、2、3、4)
  2. 幼虫へ花粉団子を給餌→幼虫体内蓄積→寿命・免疫力低下(症状 1、2、3)
  3. 環境全体の農薬汚染→雄蜂の減少(症状 4)
  4. 若蜂の花粉摂取→体内蓄積→上記 2 と同じ影響(症状 1、2、3)
    →体内濃縮→ローヤルゼリー分泌→(症状 1、2、3、4、5)
  5. 夏の溢水(溢液)・汚染環境水の摂取(症状 1、2、3、4、6

難しい証拠集めと科学的立証

ネオニコチノイド系農薬が広く散布されれば、急性中毒で死蜂が出る。このような被害は誰の目にも明らかであり、死蜂から農薬成分も検出できる。しかし、致死量以下の継続的な暴露・摂取がミツバチに及ぼす影響については、まだ明快な答は出ていない。研究者達の努力にもかかわらず、農薬が原因であると言う決め手が掴めないのは、次のようなミツバチ特有の難しさがあるからである。

  1. 訪花活動中に野外で死ねば、検査のためのサンプル(死蜂)が採取できない。
  2. 同じ個体の経時変化を追うことができない。(サンプル採取は 1 個体 1 回のみ。)
  3. ウイルス病などの発生を伴うことが多く、何が真の原因かを決められない。
  4. 毒性・残効性ともに強いイミダクロプリドなどは、検出限界をはるかに下回るナノレベルで被害を与えている可能性がある。
  5. 低濃度の浸透性農薬は急性毒性を示さず、暴露時間に比例して致死影響が出るため、蜂が死に至る過程は、外界への逃避や這い出しから始まり、死骸が見つからない。

見逃せないもう一人の共犯者

 へギイタダニ駆除の目的で、フルバリネート(マブリック・アピスタン)などの農薬が過剰に投与されていて、巣脾のミツロウの中に高濃度で検出されている。(別表 3)200ppm を越える例も少なからずあり、医薬品・化粧品・食品にまで広く使われるミツロウの残留値としては異常である。ちなみに暫定基準値は 0,1ppm である。
 フルバリネートは脂溶性で蜂蜜ではなくミツロウに残留し、蜂児は汚染された巣房内で生育することになる。どうやら外部からの農薬搬入だけの問題ではなさそうである。
 1981 年にフルバリネートが登録された時には, ミツバチの LD50(経口投与による半数致死量)は、65,85μg/匹とされていたが、1900 年以降は剤形が変わり、(Fulvalinate→Tau-fulvalinate)毒性は 2 倍になり、LD50 は 8,78μg になった。1995 年、アメリカ環境保護局は、これを 0,2μg まで引き下げた。一方、蜂パンとして貯蔵されている花粉にも高い率で農薬成分が検出されている。ローヤルゼリーには体内濃縮でさらに高濃度になっているせいか、女王蜂が最も影響を受けやすいと言われる。
 現在、養蜂家が使っているマブリックの濃度は、抵抗性が高まるにつれ、(別表 1)使い始めた頃の数倍以上に達している。仮に成蜂が耐え得る濃度であっても、幼虫にとってはすでに限界を超えているかも知れない。巣房の内壁には高濃度のフルバリネートが蓄積されていて、たとえそれが致死量ではなくとも、免疫力を低下させるに充分な汚染状態にあるかも知れない。言わばシックハウス症候群に陥っている可能性がある。

CCD 研究の現状

数多くの新種ウイルスの発見や、新種ノゼマ(Nosema ceranae)の世界的な蔓延が明らかになったことから、調査研究の当初はこれらの微生物原因説が有力であった。
 しかし、これらの病原微生物は CCD 発生以前の古い標本からも見つかることと、事実、感染しながら健康な状態を保つ群も少なからずあることが判ってきた。そのため、研究者達の目は、次第に農薬と微生物の相乗作用や感染群の農薬感作による一斉発症の可能性に向けられるようになってきた。すでに極めて低レベルの農薬(複数)が新型ノゼマ感染群の死亡率を飛躍的に高めることが、綿密な試験によって証明されている。
 現在、研究者達の関心はその病理の解明にあり、脂肪体(高等動物の肝臓に相当し、新陳代謝を行う昆虫の組織)などを調べ始めている。高等動物においては、低レベル農薬の影響で免疫力が低下し、常在性のウイルス病が発症することがすでに検証されている。
 2010 年には欧米の研究者達が集まり、ミツバチのウイルス病と農薬の関係についても、それを免疫力の変化で捉えることを研究の基礎とする調査プロジェクトチームが立ち上げられ、2013 年までの 3 年計画の調査研究が始まっている。

ミツバチを守るために何をすべきか?

1.農薬散布への対策
 まず、養蜂家自身が蜂場周辺の農薬散布の実態を調べて、農薬取締法の「農薬使用者が遵守すべき基準を定める省令」が守られているかどうかを把握しなければならない。農水省の通達により、使用農薬の種類と散布方法と日程については養蜂家への通知があるが、対象面積に対する農薬の量と濃度については知らされていない。農協が請負う稲の無人ヘリによるカメムシ防除などは、規定濃度の数倍以上で、しかも休耕地を含めて散布されている例が多い。しかし現実には、養蜂家だけで対処することは難しいものがあり、今後は次のような戦略のもとに粘り強く活動することが必要かも知れない。
⑴ 自然保護団体・研究者などと提携して、生態系破壊の実態について広報活動をする。
⑵ ネオニコチノイド農薬については、我が国だけが異常に高い残留基準値の設定をしている実態を消費者に訴える。具体的には食品の安全性に関心のある団体などと情報交換し、残留基準値を決める食品安全委員会への圧力につながる運動に持ってゆく。
⑶ 理解と関心のある研究者への協力をする。

2.養蜂家自身の対策
 多数群を飼育しなければならない専業家には難しい点があるかもしれないが、抵抗性へギイタダニの蔓延を防ぎ、これ以上の巣脾への薬剤残留を避けるために次のような点に努力を傾注しなければならない。
⑴ へギイタダニ駆除方法の改善
① マブリックの過剰投与を避け、代替の駆除薬、できれば非農薬系の製品をローテーションで使用する。一般に効力は低いが、適期に投与すれば駆除効果は上がる。(例;蓚酸製剤マイトアウェイ、チモール剤アピガード、アピライフバーなど)
② 強い抵抗性が明らかになれば、濃度を上げたり投与回数を増やすのではなく、2年間程度はその薬剤の使用をやめる。その間に効力はかなり回復する。(別表 2)
③ シュガーロール法などで、寄生率をモニターすることから始める。ダニがいないか、あるいはまだ許容できる寄生レベルの時の駆除は避ける。
④ できるだけ物理的な駆除対策も併用する。(雄蜂房切除など)
⑵ ミツバチの衛生対策
① 病原体や農薬が蓄積されている可能性の高い古巣脾はなるべく早く処分する。
② 冬の間にガンマ線照射で病原体を除去しておくことは極めて有効。
③ 花粉不足などのストレス要因は免疫力低下につながる。できるだけ一ヶ所に多数群を集中して飼育することを避ける。必要あれば人工的に栄養補給する。

フルバリネート感受性ダニと抵抗性ダニの半数致死量


フルバリネートの効力回復パターン

産卵圏巣脾のミツロウから検出される殺虫性農薬






































































別表備考

別表 1; UK,Vita 社提供資料
LC50 は 1 回投与による半数死亡率
別表 2; UK,Vita 社、イタリアでの 7 ヶ所の蜂場の経年追跡調査結果
別表 3; アメリカ、Penn State 大学昆虫学科ほか

フルバリネート同様にクマホスが 100%検出。ダニ駆除に使われた農薬(製品名チェックマイト)が主に残留している実態がわかる。我が国ではクマホスは登録されていないので検出されない。

参考とした文献等;

※ NPO 法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議主催;
ネオニコチノイド国際市民セミナー各資料(2011 年 11 月、東京)
※ 第 3 回 APIMONDIA(国際養蜂会議)並びに OIE (国際獣医事務局)共催;
蜂病シンポジウム資料(2011 年 9 月ブエノスアイレス)
※ The systemic insecticides; a disaster in the making: Henk A Tenneks
※ Interaction between Nosema microspores and a neonicotinoido weaken honey
bees: Cedric Aloux 他
※ Effect of Imidacloprid administered in sublethal doses on honey bee behavior:
Piorr Merzycki 他
※ What have pesticides got to do it ?: Mayann Frazier 他
※ Exposure to sublethal doses of Fipronil and Thiacloprid highly inclease
mortality of honeybees previously infected by Nosema ceranae:
Cril Vidau 他
※ Chemical control of Varroa: Max Watkins(Vita Europe) 他

文責;(有)俵養蜂場
俵 博

Follow me!