養蜂生産物の残留物質について

1:ポジテイブリスト制度

近年、食品を介してさまざまな化学物質が体内に摂取されることで、アレルギーを引き起こしたり、発がん性リスクが高まること、薬剤の効かない耐性菌が現れることなど、人に健康被害が現れる危険性が明らかになるにつれ、食品に含まれる物質についての安全性がより強く求められるようなった。

 平成 15 年改正、同 18 年 5 月施行の食品衛生法により、各食品中に一定濃度(最大残留基準値 MRL=Maximum Residue Limit)以上の農薬・飼料添加物・動物用医薬品が残留している場合、
これらの食品の販売が禁止されるようになった。 残留物質の基準値は次のように決められる。
 まず内閣府食品安全委員会によって, 人が一生摂り続けても健康に影響のない量として、ある化学物質の ADI(Acceptable Daily Intake=一日許容摂取量)が定められる。
 これをもとに厚生労働省の薬事・食品安全審議会は,ある食品の MRL(Maximum Residue Limit=最大残留基準値)を決める。残留基準値は個々の物質と個々の食品について定められ、一覧表で公開されている。(ポジテイブリスト。)しかし、約 800 種類と言われる化学物質と各食品との組み合わせは膨大で、基準値がまだ定められていないものが多い。
 生産過程でよく使われる物質や食品安全性上重要な物質は先行して設定されている。ある食品について基準値のない物質の場合は、一律基準値 0.01ppm が適用される。
また、特に有害とされる物質については、食品の種類や濃度にかかわらず検出されてはならない不検出物質と定義され、別表で 17 物質が記載されている。
 現在、ほとんどの先進国ではポジテイブリスト制度が施行されているが、まだ各国間でのリストのハーモナイズが進んでいない。基準値の決定に際しては、SPS 協定に基づき国際基準(Codex)が考慮されるはずだが、同じ食品であっても各国で適用される物質(成分)が異なり、基準値も一致していない項目が多いのが実情である。

2:蜂蜜中の残留物質と基準値

(別表 1)は蜂蜜に関する各化学物質成分のポジテイブリストの一部抜粋である。蜂蜜及びローヤルゼリーが適用される。プロポリスや花粉は対象となっていない。昨年、ギリシャからの輸入蜂蜜品にクマホスが検出された。EU はともかく、我が国では不検出物質であるため、業者は市場からの製品の回収を余儀なくされた。
 摘発例は少ないが、国内産の蜂蜜からも基準値を上回る抗生物質が毎年のように検出されている。

 氷山の一角であるかも知れない。蜂蜜中の残留が問題になる物質には、抗生剤と農薬がある。それ以外の他の物質が残留する可能性は低く、これまでも基準値を超える検出例はない。
抗生剤の残留は、腐蛆病予防のために抗生剤を糖液に混ぜて投与する養蜂家があるから起こるである。養蜂業界がみずから解決しなければならない問題である。
一方、農薬の残留は農家の農薬散布が原因である。2013 年、愛媛大学・河野教授の調査で、県内の蜂蜜 13 検体の全部からアセタミプリド、一部からは別の 3 種のネオニコチノイド系農薬が検出され、いずれも微量で食品衛生法上問題はないとされたが、蜂への影響と言う別の問題がある。

 別のみかん産地では、その後現実に蜂蜜が販売できなくなると言う深刻な残留問題が起きている。
農家の散布するアセタミプリドがみかんの蜂蜜に残留していて,大手問屋が買上げないようなケースが出てきているのである。
アセタミプリドの残留基準値は、みかんの果実については 0.5ppm,その他の柑橘類には 2ppm とかなり緩く設定されているため,みかんではそれを超えるおそれはない。ところが、蜂蜜にはアセタミプリドの基準値は設定されていないために、一律基準値 0.01ppm が適用される。その結果これを超える値が検出されるのである。
国内蜂蜜需要の殆どを輸入に頼る我が国と状況が比較的近い EU を、蜂蜜に関する基準値で比較してみると、次のような違いがあることが判る。
 EU では蜂蜜に 320 物質の基準値がポジテイブリストに記載されているのに対して、我が国では50 物質と全食品共通の不検出 17 物質だけが載っている。したがって他の物質についてはすべて一律 0.01ppm が暫定的に適用されることになる。
EU ではミツバチへの抗生物質の使用が認められていないので、蜂蜜中の抗生物質の基準値はない。実際には OTC を使用する生産国からの蜂蜜輸入に対応して、OTC に 0.025ppm の暫定基準を設けている。(RPAs=Reference Points for Action)
ベルギー・UK・スイスなどは 0.01〜0.05ppm の独自の基準値を設けている。
ちなみに我が国では、抗生物質だけでなく、養蜂では使われない数多くの動物用医薬品(ホルモン剤・飼料添加物・ステロイド・寄生虫駆除剤)や鼠毒などが、蜂蜜のリストに載せられている。
(別表1には物質名の記載を省略)
 一方、ポジテイブリストに記載されている農薬の種類は少ないが、各々の基準値は蜂蜜では全体的に EU よりも厳しい。なぜなら特に毒性が強いもの、そのためにすでに登録抹消になっているような農薬の記載が多いからである。ところが、現在最も使用量が多く、しかも浸透性農薬であるために花蜜や花粉にも残留する可能性のあるネオニコチノイド農薬の基準値は、まだ未設定のままに
なっている。養蜂への影響は完全に無視されていたようである。全体的にも、養蜂についての考慮の不足したままにリストが作成された印象を受ける。

(別表1)蜂蜜中の残留基準値(50 項目中 18 項目抜粋+3 不検出物質)

物質名製品名(例)基準値
ppm
主な用途
分類
海外参考例
ppm
アミトラズ農薬ダニカット
アピバール
0.2 殺虫農薬
殺ダニ剤
EU/0.2
US/1
アルドリン・デイルドリン・アンピシリンアンピシリン0.1土壌殺虫剤EU/0.01
エマメクチン安息香酸塩アファーム0.0005殺虫農薬EU/0.05
エンドスルファンチダオン0.004失効殺虫農薬EU/0.01
エンドリン0.005失効殺虫農薬EU/0.01
OTC・TC・CTC
オキテラ水溶散 0.3抗生物質U/暫定 0.025
ジフェニルアミン0.0004 抗ヒスタミン剤 EU/0.05
シペルメトリンアグロスリン0.01殺虫農薬EU/0.05
テフルトリンフォース乳剤0.001土壌殺虫剤EU/0.05
トリクロリホン0.004殺虫農薬 EU/0.01
フィプロニル※プリンスフロアブル0.05殺虫農薬EU/0.01
フェナミホス 0.005線虫駆除EU/0.01
フルバリネート 農薬マブリック
農薬マブリック
蜜蜂用アピスタン
0.05殺ダニ農薬EU/0.01
US/0.05
フルメトリン※⑵バイチコール0.005ダニ駆除動薬蜜蜂用ありEU/ND
US/0.05
マラチオン マラソン乳剤0.5 殺虫農薬EU/0.02
ミロサマイシンマイプラビン
蜜蜂用アピテン
0.05抗生物質EU/ND
メチダチオン※⑶0.001殺虫・殺ダニ農薬EU/0.02
クマホス※⑷ND殺ダニ動薬EU/US/0.1
クロラムフェニコールND抗生物質EU/ND
ニトロフラン類ND合成抗菌剤EU/ND

※⑴浸透性農薬。農薬のほかに蟻・シロアリ・ゴキブリ駆除など幅広く使用
※⑵中国・アルゼンチン製のミツバチ用製品があるが、自国以外では未承認
※⑶EU 2004 年に使用禁止、製造・販売・使用は我が国だけ、昨年台湾で日本のみかんが基準値超
えで廃棄処分、日本の基準値 5ppm, 台湾 1ppm
※⑷青字は不検出物質のリストから抜粋

3:残留基準値についての疑問

 EU ではより多くの化学物質が、より多くの食品に基準値が定められている。ポジテイブリストによれば、全体的に農産物一般への農薬の基準値が桁違いに緩いことが判る。葉菜類・果菜・果物への基準値は特に緩く、高濃度の散布が許されている。メチダチオンの場合、蜂蜜には 0.001ppm, 柑橘類に 5ppm の基準値が設定されている。皮はむくとは言え浸透性も少しある。実に 5000 倍の差である。製造元シンジェンタ社が製造を中止したメチダチオンを、我が国ではまだ全農が製造・販売を続けている。
 ネオニコチノイド農薬にも突出して緩い基準値が設定されている(別表2)。
ADI の基本的な考え方では、物質が同じであれば、より多く食される食品には、必ずより低い基準値が設定されるはずだが、そうはなっていない。例えば国内産が主体の農産物には緩く、輸入が多い農産物には厳しい基準が設定されている。別の食品を単純に比較することはできないが、クロチアニジンの基準値は茶では 50ppm、コーヒー豆では 0.05ppm である。日本人はそれほどコーヒーを飲むようなったのだろうか?
 我が国の単位耕作面積当たりの農薬使用量は、韓国と世界一を競うレベルにあり、根本的に過剰な農薬散布が、みかん蜂蜜の残留農薬が一律基準値をオーバーするような問題を起こしているし、一方ではミツバチそのものを減らしているのである。
 健康のために野菜や果物を多く食べ、コーヒーでなく努めて緑茶を飲んでいる人達は、表2を見てどう思うだろうか?

(別表2)野菜・果物などの農薬残留基準値比較(日本/EU)

農薬成分名EU 蜂蜜
基準値 ppm
国内蜂蜜
基準値 ppm
作物別基準値例
ppm
アミトラズ0.050.5~0.9みかん 0.5/その他柑橘・桃 0.9
クロルデン0.010.009すべて 0.02
アセタミプリド*0.01〜50.3~5春菊・小松菜 5, /茶 30
マラチオン0.020.5~8ネギ・タマネギ 8
イミダクロプリド*0.1~12~15小松菜・ブロッコリー5
ほうれん草 15/茶 10
チアメトキサム*0.01~0.41~5小松菜・キャベツ 5
クロチアニジン*0.02~0.51~20レタス 20, 茶 50
チアクロプリド0.05~0.51〜5苺・ピーマン・オクラ 5、茶 30
メチダチオン0.020.001葉菜類 0.1、すべての柑橘 5

*はネオニコチノイド農薬

4:ミツバチに使われる薬剤の蜂蜜への残留

 養蜂の現場では、へギイタダニ駆除のための殺ダニ剤や腐蛆病予防のために抗生剤が使われる。それらの残留の可能性についても検証しておく必要がある。

ダニ駆除剤
 我が国ではアピスタン(有効成分フルバリネート)とアピバール(有効成分アミトラズ)がミツバチ用動物薬として市販されている。フルバリネートは脂溶性で巣房を構成するミツロウへの親和性が強く、脂肪分を含まない蜂蜜にはまず移行することがない。アミトラズもミツロウに吸着されるが、蜂蜜の水分によって加水分解して無毒化する。
 したがって、この両製品は、説明書どおり使用するかぎり、蜂蜜に残留する恐れは無い。
ギリシャ産の蜂蜜から検出されたクマホスは、有機りん剤であり、すでに我が国では動物薬からも農薬からも登録抹消になっている。海外では蜜蜂用としてチェックマイトとペリジンの2製品がまだ販売されている。やはり脂溶性ではあるが、フルバリネートほど強くミツロウに吸着せず、少しずつ貯蜜の中に拡散すると考えられている。
したがって、採蜜養蜂の現場では使えない。これら農薬系の薬剤の他には、蟻酸・蓚酸・チモールなど強い匂い成分でダニを落とす方法がある。残留物質としての対象にはなっていないが、採蜜期間中はこれらの投与を控えるべきである。特にチモール剤は、採蜜予定の 1 ヶ月前には使用を中止した方がよい。蜂蜜に匂いが残ることがあるからである。

抗生剤
 アピテンは抗生物質ミロサマイシンを有効成分とするミツバチ用動物用医薬品である。腐蛆病予防薬として市販される世界で唯一の製品である。正しく使えば基準値を超えるような残留は起こらない。しかし、アメリカ腐蛆病菌(以下 AFB 菌)には有効であるが、ヨーロッパ腐蛆病菌(以下EFB 菌)には効果がない弱点がある。
 海外では通常ミロサマイシンではなく、両方に有効な OTC が投与されている。
OTC が EFB 菌に有効であること、残留基準値が 0.5ppm と緩いこともあって、養蜂業界から「OTCを有効成分とする腐蛆病予防薬」開発の要望があり、平成 25 年に国庫補助事業として(財)生物安全科学研究所において開発のための各試験が実施された。(希少疾病等用動物用医薬品実用化促進事業)しかし、試験の結果、EFB 菌の MIC(最少発育阻止濃度)とミツバチ幼虫に対する安全な濃度の間に充分な幅が無いと言う判断がなされ、OTC ベースの新製品の開発は見送られたと言う。
 テトラサイクリン系 OTC・TC・CTC は、広範囲の細菌種に有効な抗生物質である。
 しかし、その使用期間は半世紀に及ぶ古い抗生物質であり、一般家畜の間にはすでに様々な非定型菌が現れている。最近の研究でミツバチにも非定型 EFB 菌があることが判り、そのことも開発断念の判断材料のひとつになったようである。

5:望まれる獣医師の介入

 アピテンは日本養蜂協会の会員であれば配布を受けられる。しかし、数多い非会員養蜂家はどうするかと言う問題が残る。それにアピテン自体の評価も必ずしも高くない。アピテンは主剤とそれを混ぜてパテを作るための液体飼料と固形飼料から成る。
 しかし、固形飼料の主原料は大豆とビール酵母で、ミツバチの嗜好性が劣る欠点がある。ちなみに先の補助事業の試験では別の代用花粉フィードビーが使われた。また多くの袋を破いて調合する手間がかかり、大規模の養蜂家には敬遠されている。
 本来、日常衛生管理のきちんとした定飼であれば、腐蛆病予防のための抗生剤は必ずしも必要ではない。しかし、大群飼育で移動の多い養蜂ほど感染機会も多くなる。そこで抗生剤が必要とされるのである。必要度の低い養蜂家が合法のアピテンを投与し、より必要とする大規模養蜂家が、違法に入手した抗生剤を投与しているのが現状である。
 言うまでもなく、抗生剤は薬事法によって要指示薬に指定されている。
薬事法では、動物用医薬品販売業者であっても、要指示薬は獣医師の指示なくしては販売ができない。獣医師は獣医師法によって、動物を診察して必要と認めた時にのみ指示書を出すことができる。
 残念なことに、現実には蜂病に詳しい獣医師はほとんどいない。しかし、合法的に安全で有効な薬剤処方ができるのは獣医師だけである。先の蜜蜂用医薬品開発試験では、一定の試験結果は得られたはずであり、獣医師が処方に利用できる形で、試験データが公開されることが望まれる。違法な入手と科学的根拠のない投与法・量が通用している現状では、いつ残留問題が起きても不思議ではない。
(実はアンピシリンを糖液に混入している養蜂家グループさえある。アンピシリンは、アレルギー症状を引き起こすおそれがあり、医薬として慎重な投与が要求されている。)
 ミツバチ対象に診療施設を開設して以来、全国からよく相談を受ける。ダニ対策に続いて EFBを疑う相談が多い。送られた検体で抗体検査(Vita 社キット)をすれば約 90%が AFB 陽性と出る。
 AFB でないことを望む飼育者の心理が働いているらしい。
 EFB 陽性例はほとんど無い。(症状は EFB に酷似しながら抗体検査が EFB・AFB 共に陰性のケースが一例だけあった。非定型菌の EFB であった可能性もある。)
 ヨーロッパでは AFB よりも EFB が多いようであるが、我が国では圧倒的に AFB の方が多く発生する。(統計上では少ないが、自発的に焼却処分されるケースが多い。)
 AFB は、発症しないままに殆どの群で保菌をしている可能性がある(不顕性感染)。様々なストレスが発病の引き金となると考えられる。我が国では、問題は AFB であり、EFB ではないと思われる。ともあれ環境ストレスの大きい時に、OTC であれミロサマイシンであれ、抗生剤パテによって病気発生を抑えることは有効な対策の一つである。言うまでもなく、そこには当然獣医師の指導がなければならない。

6:その他の養蜂生産物への残留

 花粉については、飼料用にも食用にも使用されるので、広く調べられるべきではあるが、まだそのような調査は行われていない。
ミツロウについては、へギイタダニ駆除に使用される殺ダニ剤が巣房に蓄積することが問題になっている。米国産のミツロウからは、フルバリネートとクマホスは 100%例外なく検出され、濃度200ppm のフルバリネートが検出されることもあると言う。
我が国では、クマホスは使われていないが、大量の農薬マブリックが使われている以上、調べればアメリカ以上のフルバリネート汚染の実態があらわになるかも知れない。
 ミツロウの輸入・精製業大手のM社によれば、基本的に国産のミツロウは使用しないと言う。
大部分がアフリカ産らしい。ミツロウは食品ではないので、食品衛生法上の規制を受けることはない。しかし、化粧品・石けんやその他医薬部外品の材料になることもあるので、M社では基本的に先進国からミツロウを輸入しないし、定期的に 200 種類ほどの化学物質についても分析にかける対策をしていると言う。

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