ミツバチによるポリネーションの現状とネオニコチノイド農薬の影響
※この記事は2016年に俵養蜂場ライブラリー向けに作成されたものです。内容や表記については当時の状況に基づいたものであり、現在と異なる場合がございますのでご了承ください。
重要なミツバチの役割
世界の約 35 万種の被子植物の内、80% が動物による花粉媒介(ポリネーション)によって種子を残す。これには一部の鳥類やほ乳類・爬虫類も加わるが,圧倒的に昆虫類が多く、約 20 万種の植物に授粉する。なかでもハナバチ類は熱帯から寒帯まで広く分布する。 群で生活する社会性ハナバチは、自然界の植物にも農作物にも重要な存在で、とりわけ人類が飼育に成功したミツバチは、農業に最も広くかかわる種である。
全農作物の約 3 分の 1 は受粉を必要とするが、世界的な人口増加は、食糧生産のための農地の開発による自然破壊をもたらし、あらゆる動物の棲息場所を奪ってきた。加えて作物の害虫駆除に使用される農薬が、さらに花粉媒介生物を減少させている。
飼育されている西洋ミツバチには、人工の巣箱があり、よりよい環境を求めて移動することもできるが、自然界の昆虫は営巣場所が失われればそこには生存できなくなる。
皮肉にも媒介生物が減ったことで、ミツバチの重要性が再認識されるようになった。
EU の情勢
EU は 2013 年に 3 種のネオニコチノイド農薬(イミダクロプリド・クロチアニジン・チアメトキサム)の2 年間の使用を禁じた。これらの有効成分を含む薬剤が、ミツバチや野性の媒介昆虫、さらにそれらを食べる動物をも激減させているとの養蜂家や研究者達の主張を認めた決定であった。 禁止事項は、ミツバチを惹き付ける花粉や花蜜を提供するナタネ・ひまわり・コーンなどの種子をこれらの農薬で処理することであり、家庭菜園や蜂には魅力のない穀類への使用制限は除外された。その間、科学的なデータを収集して真の影響を調べ、その後の農薬使用政策を再検討する意図であった。
2014 年 3 月、オランダはすべての浸透性農薬(ネオニコチノイド系農薬とフィプロニル)の使用を、家庭園芸用もふくめ全面的に禁止した。ところが,農業生産の戦略と農薬被害からミツバチを守る EUの政策は,現在あるジレンマに陥っている。
2010 年、EU は、二酸化炭素排出削減の目標値達成のために、2020 年までに運送用化石燃料の 10%を再生可能なバイオ燃料に変換する政策を立ち上げた。これによって、数年の間に、ナタネ・大豆・ひまわり・綿など採油作物の作付けは数倍に増えた。
特にナタネは EU で最も作付面積が広い作物になった。ところが 2013 年の使用禁止以後、問題が生じた。ナタネに害虫(Flea Beetle)が大発生するようになったのである。
農業団体の強い圧力に屈した英国政府は、2015 年、ナタネを栽培する一部の地域(全作付面積の 5% 、30,000ha)にネオニコチノイド農薬の使用を認める決定を下した。
現在、FASAC(欧州科学学会諮問委員会)は 2 年間の禁止期間中に収集した科学的データの評価に取組んでいるが、これを待つことなく決められた。その一方では,英国は国内作物の授粉に必要な蜂群の約 25% しか供給できていない。
2014 年春までは、イタリアから毎年約 2,000 群の蜂を輸入して不足の一部を補ってきた。しかし、同年 9 月にミツバチの害虫スモールハイブビートルがイタリア南部に侵入して定着したことが判明して、その後の輸入の道さえ断たれてしまった。
英国農業は農業に不可欠な媒介昆虫が足りない現状と、その状況をさらに悪化させかねない農薬使用緩和政策の狭間で悩んでいる。 なんとなく麻薬常習者の禁断症状が連想されるが、これは英国だけの話ではない。EU 諸国にもこれに近いところが多い。
ドイツでは、人にも強い毒性のある農薬はすでに登録が抹消されているため、代わりにピレスロイド系農薬を複数回散布して害虫に対応した。しかし、ネオニコチノイドほどの効果はなく、結局、種を蒔き直したり他の作物に切り替えた農場も少なくなかった。EU 全体では、1,300 万群のミツバチが不足していると言われる。ところが、ネオニコチノイド規制賛成派が主張するようなミツバチの減少は起きていない。実際、EU では過去 20 年間にミツバチの飼育群数は 7% ほど増えていて,現在は約 1,200 万群いる。
それでも、EU の多くの国でミツバチの供給は需給をまかないきれない。(表1 )ナタネ・ひまわりなど虫媒花作物の栽培面積が何倍にも増えた一方で、マルハナバチなどの自然界の媒介昆虫の生息場所は消えてしまっている。ネオニコチノイド農薬の影響もある。ミツバチ以外に頼るべき相手がいなくなったと言うことであろう。
供給率 | 国 名 |
90% 以上 | ノルウェイ・トルコ・オーストリア・スロベニア・ポルトガル スイス・ギリシャ・クロアチア・モンテネグロ・オランダ・ベルギー アイルランド |
75〜90% | イタリア・ハンガリー |
50〜75% | スペイン・デンマーク・ルーマニア・チェコ・スロバキア |
25〜50% | スウエーデン・フランス・ドイツ・ポーランド・ベラルーシ・セルビア ボスニアヘルツゴビナ・ブルガリア・ウクライナ |
25% 以下 | イギリス・フィンランド・ラトビア・リトアニア・エストニア・モルドバ |
北米の情勢
北米でもミツバチその他の媒介昆虫を保護する動きが始まった。2014 年、カナダ・オンタリオ州政府は、ネオニコチノイド農薬の使用制限を決定した。これらで種子処理されたコーンと大豆の耕作地を、2017 年までに 80% 減少させると言う方針である。続いて 2015 年 11 月、ケベック州は家庭園芸用を含めてネオニコチノイド農薬と殺虫性除草剤アトラジンの使用を禁じる決定をした。同州の養蜂家は、2013〜14 年の冬に 58% の蜂群を失った。すでに夏に多くの養蜂場で農薬被害があったと言われる。
同州では約 3,000 人の養蜂家が 10,000 群を飼育していて、これらの蜂群がポリネーションによってもたらす農作物生産額は約 9 億カナダドルと推定される。米国では、オバマ大統領は、2014 年 7 月、ミツバチや他の媒介昆虫が農薬被害を含む様々な原因で極度に減少していることを認め、これらの回復のための戦略を構築する特別委員会を設置する覚え書きにサインした。
全米でミツバチが関わる農産物生産額は 150 億ドルと言われる。カリフォルニア州アーモンド生産は世界の 80% を占め、そのポリネーションは 100% ミツバチが関わる。それには 150 万群が必要とされるが、1950 年代に全米で 600 万群いたミツバチは現在 250 万群しかない。ただし、ここでも過去 20 年間の群数にはほとんど変化がないが、その間にアーモンドの栽培面積は何倍にも広がっている。(約323,750ha)
2010 年まではオーストラリアからミツバチを輸入できたが、同国にインドネシアから東洋ミツバチが侵入して定着していることが判り、未知の病原体が侵入している危険性から、その後輸入は中止された。したがって、ミツバチの不足は深刻である。
アーモンドの授粉サービス料金は 8 枚群で約 183 ドル(2016 年相場)まで高騰した。
オーストラリアのポリネーション
全作物の約 65% にミツバチが関与している。オーストラリアはまだバロア(へギイタダニ)の侵入を許していない唯一の大陸で、飼育群のほかに大量の野性西洋ミツバチが分布している。実はこれらの野性群によって、自然かつ無償で大半のポリネーションが実行されている。養蜂家約 1 万人が 50 万群飼育している。その約半分が有償・無償(採蜜利用)のポリネーションに利用される。特にアーモンドへの利用が増えていて,2010 年には約 21 万群が動員された。CCD と呼ばれる蜂群消滅の報告例のない唯一の大陸でもあり、
現在、ポリネーションのためのミツバチの不足はまったくない。
しかし、農務省当局は、すでに隣国のニュージーランド・パプアニューギニア・インドネシアにバロアが存在している以上、国内への侵入は時間の問題と捉えている。侵入すれば野性群はほぼ全滅し、飼育群も被害を受けることは必至であり、その時には,約 48 万群のポリネーション需要が発生して,ミツバチが足りなくなると予測している。
我が国のポリネーション事情
足らずと推定される。大半が無償である。
マルハナバチは 7 万群と推定され、もっぱらハウストマトに利用される。他の果菜類にも使われるが、すべてハウス栽培の作物用である。我が国でも,稲作や果物栽培に多用されるネオニコチノイド農薬の影響が深刻である。
梅やりんごなどのポリネーションには,その間殺虫農薬を散布しない農家側の配慮があるが、昆虫の媒介を必要としないみかんや稲作の地域では被害が常態化している。
農家や農業関係者の意識が変わらなければならない。田園地域では、トンボもカエルも姿を消した。
水溶性で長期残効性のネオニコチノイド農薬で水系が汚染されているためである。昆虫を含めてあらゆる野生動物が激減している。このような地域では、作物のポリネーションに、もはや自然界の媒介昆虫の働きを期待できなくなっている。
ポリネーションにミツバチが果たす役割の重要性については、まだ農家の認識は充分ではない。今でこそイチゴには不可欠な資材とされているが、昭和 43 年に初めてハウスに導入されるまでは、まったく顧みられなかった。イチゴの花は、雄しべの葯が雌しべの真上にあるため、自家受粉植物と思われていた。しかし、実際にミツバチを導入しないハウスでは奇形果が続出したことで、初めて虫媒花であると認められたのである。
広がる論争
ネオニコチノイド使用禁止賛成派には研究者・環境活動家・養蜂家が、使用禁止反対派には農業団体・農家・農薬メーカーのほか少なからぬ研究者も含まれる。
2013 年の EU の決定以後も、北米やオランダで独自のネオニコチノイド系農薬の使用制限が決められる一方で、規制反対派の攻撃はさらに激しさを増してきている。EU のナタネの害虫被害の現状を引き合いに、「それ見たことか」と言ったところであろう。
彼らは、そもそも 2013 年の EU の決定は、一部の自然保護活動家と研究者が養蜂家や一般人を煽動しつつ、極めて政治的に活動した結果であり、科学的な評価がされていないと主張する。著名な科学雑誌に掲載された有名大学の研究者の論文にも,個人の資質に至るまで揶揄を交えた攻撃がしかけられた。両派の言い分は完全に分かれている。
両派の意見の違い一覧
使用禁止賛成派 | 使用禁止反対派 |
統計上の数は不正確である。蜂不足が問題になり 始めた近年に初めて正確になった。ミツバチ以外 の自然界のあらゆる昆虫や小動物も激減してい る。 | ミツバチが減っていると言う論は誤りである。統計 では過去 20 年間大きな変動はない。他の媒介昆 虫の減少は、生息環境の変化によるもので,農薬 のせいではない。 |
ミツバチ減少の主たる原因は、ネオニコチノイド農 薬。特徴的な死骸の見えない成蜂の消失が起き る。へギイタダニや他の病気による被害とは明ら かに症状が異なる。 | 気温変化・栄養不足・環境破壊などが複合的に 影響、特に薬剤耐性へギイタダニの蔓延が最大の 原因。ネオニコチノイドを使用していても、へギイ タダニのいないオーストラリアでは CCD は発生し ていない。 |
ネオニコチノイドのごく低レベルの汚染は,定位感 覚に異常をもたらし、帰巣できなくする。免疫力を 低下させ病気に罹りやすくなる。多くの研究者の投 与試験でも影響は明らかになっている。 | 室内試験では野外ではあり得ない量のネオニコチ ノイドが投与されている。影響があって当然。結 論はまだ出ていない。別の野外試験データが必 要。 |
ミツバチの行動範囲は広く、周囲4 km から検体の 死骸を確保することは難しい。 試験場所の選択・設営も困難。 | これまでの研究者の論文は、実験室内での 投与試験ばかりで、野外の試験データが少ない。 |
ネオニコチノイドは浸透移行性であり、花粉・花 蜜・溢液を介してミツバチの体内に持続的に集積 される。 | 浸透性農薬は作物への農薬散布を回避するかま たは回数を減らす。むしろ減農薬 になり、ミツバチにもより安全である。 |
浸透性農薬は水溶性であるため、土壌や水を汚染 し、ミツバチや他の媒介昆虫を含むあらゆる無脊 椎動物を殺戮している。 | 問題は播種方法であり、これを改善すればミツバ チへの被害は減る。他の農薬よりも安全である。 |
ネオニコチノイドは、自然界に何年も残る強い残効 性があり、土壌や環境水の生態系を根底から破壊 する。食物連鎖の分断によって魚類・両生類・爬 虫類・鳥類が激減している。土中微生物やみみず などが減り、有機質の分解が進まず、農業生産量 低下・生産コストの上昇も懸念される。 | ネオニコチノイドは、脊椎動物には安全で、適切 に使用すれば人間に他の動物にも無害である。世 界人口が今世紀末に 100 億を超えると予測される なかで、今後の食糧増産に欠かせない資材であ る。他の農薬を使用すれば、環境や有用生物へ の悪影響はさらに大きくなる。 |
ミツバチと農業
CCD と呼ばれるミツバチの消失の原因は、今も明らかになっていない。
米国農務省ミツバチ研究所の J.Pettis 氏は、「CCD は、やりかけのジグソーパズルに似る。辺縁部分は埋まっているが、中心部の札がまだ裏返ったままである。」と語る。原因が複合的であることは、誰もが認めるところではある。しかし、ネオニコチノイド系の影響は否定できない。ミツバチは社会性ハナバチの中で最大の群を形成するために,農薬被害に会ってもまだ群勢を回復する可能性がある。しかし、個体または小さな群で生活する昆虫には致命的である。このような農薬を使い続けることが、農業の将来にどんな影響を及ぼすのか,もう一度よく検証されるべきではなかろうか?ミツバチは、EU や米国で過去 20 年間その数が維持されてきたと言っても、増大するポリネーションの需要に対応するにはほど遠い数である。
ミツバチがいれば増収、いなければ収穫量が減る農作物は数多くあるが、ミツバチを導入すれば農業生産コストは上がる。すでにミツバチは高価な農業資材と化している。
ミツバチにやさしい自然環境を整えることは,農業にもプラスになるはずである。さらに浸透性農薬を使い続けた結果、土壌や水系の有用微生物まで死滅させてしまっては、目に見えない不利益が生じるかも知れない。さらに多くの肥料や農薬まで必要になるのではなかろうか?浸透性・残効性を利用して種子処理をすることで、知識の無い者でも農業ができるようになった半面、
自然を観察しながら耕作すると言う当たり前の農業が消えつつある。
ネオニコチノイド系農薬の是非については、持続可能な農業の姿はどうあるべきかと言う本質的な議
論から始められることが、関係者に望まれるところである。
参考文献
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Ecosystem services, agriculture and neonicotinoids, . - TOM PHILPOTTO May 20, 2014; Did science just solve the bee collapse mystery?