ミツバチ不足はなぜ起こるのか?~耐性ダニがもたらした危機~
※この記事は2017年に俵養蜂場ライブラリー向けに作成されたものです。内容や表記については当時の状況に基づいたものであり、現在と異なる場合がございますのでご了承ください。
1:花粉交配用ミツバチの不足の現状とその原因
花粉交配用ミツバチの不足が深刻で,施設園芸農業への影響が出ている。
昨夏、北海道や九州での蜂群養成がひどく不調であったために、早くから懸念されてはいたが、今年は 2008 年を上回る未曾有の蜂不足になっている。
冬を代表する果物イチゴの花粉交配には、年間推定 10 万群のミツバチが使われている。10 月に始まり最近では 5 月末まで必要とされていて、1 群で全期間をカバーすることが難しく、真冬にもう一度需要のピークが訪れることになる。今年は昨秋に導入された群にダニが多くて、早々と群が消滅しているようで、年明けから再注文が殺到しているが、業界はこれに充分対応できていない。
近年、統計上では飼育群数が増えているが(平成 28 年約 22 万群)、これは平成 25 年の改正養蜂振興法の施行に伴い、趣味養蜂家も届け出をしているためであって、実際には 10 数万群の横ばい状態が続いている。施設園芸の花粉交配用蜂群の供給源は、ほぼ経営規模の大きな一部の養蜂家に限られている。
これらの養蜂家が、夏の間に群を割り出して 2 倍から数倍の数にまで増やすのであるが、昨年は,
大雨や地震などの自然災害によって蜂群の養成が大きな影響を受けたと言われる。
一方では、蜜源・花粉源は年々減り続け、農薬の被害は一向に改善されない。このようにミツバチが不足する要因はひとつではない。しかし、大多数の養蜂家は、最大の原因が薬剤耐性へギイタダニの蔓延であると認めている。
「ダニ学」の権威,青木純一博士によれば,ダニ類は最も薬剤耐性を獲得しやすい代表的な生物であって(※1)、実際,農業の世界では,同じ薬剤は 3 年使用が限度であることが常識になっているらしい。ミツバチへギイタダニについても、対策は新薬開発とのいたちごっこの状況が続いてきた。
ミツバチへギイタダニ駆除剤の歴史
かつて 1970〜80 年代前半には、テデオン燻煙剤(有効成分テトラジホン)が(ダニコロパー・ユーコー薬品)として市販されていたが、耐性ダニが現れてやがて登録が抹消された。
これに代わってアピスタン(有効成分フルバリネート)※2 が、約 20 年間今日まで世界のベストセラー製品になっている。しかし、すでに 10 年以上前からフルバリネート耐性ダニが問題になっている。実は、公表されてはいないが同じ有効成分で且つ安価な農薬マブリックが、広く世界中で使われており、耐性発現に拍車をかけたと考えられている。
フルバリネートは脂溶性で蜜蠟に強い親和性がある一方、脂肪分0の蜂蜜にはまったく残留しない。この性質がマブリックの過剰投与を促し、結果的にフルバリネート耐性の発現を早めた側面がある。耐性ダニは感受性ダニに有効な濃度の一万倍にも耐えると言われ,実に小さな怪物に変化してしまっている。このモンスターは,より高い濃度のマブリックが繰り返し使われてきた結果の産物であり、まさに養蜂家自身の所行の投影でもある。(図1
アピバールは仏・ベトファーマ社が開発、我が国では 2009 年に登録・発売された(アリスタ社)
※3。有効成分はアミトラズで、世界各国で登録販売されている。科学的な根拠は不明だが、効果に季節性があり、気温が高い間はあまり効かない。使用説明書には春と秋に投与するようにと書いてあるが、実際には、もっと期間をしぼって、晩秋から早春の間の使用が最も推奨できる。
例にもれず、欧米ではすでに 10 年も前から、アミトラズやクマホスなども含む多剤耐性ダニが蔓延していると言われている。我が国でもアピバールが適期に投与されているにもかかわらず、十分な効果が現れていないケースが徐々に増えているように思われる。
女王蜂の突然死とダニ駆除剤
近年、完成女王蜂が突然消失する現象が,世界規模で起きていると言われる。かつては 2 年以上生存した女王蜂が、数ヶ月も経ずに消えてしまうことがある。諸説あるなかで、へギイタダニ駆除剤による影響がクローズアップされている。同じ節足動物であるダニを殺す薬剤が、ミツバチに何の影響も無いとは考え難いことと、この現象がダニ駆除剤の大量使用が始まった時代にリンクして起きていることから、その関連が疑われたのである。
試験研究では、各種の殺ダニ剤を群に投与した後、女王蜂の貯精のう中の精子生存率や、雄蜂の精のうのサイズや精液量・精子生存率などが調べられた。これらに影響する事実が判れば、すなわち不意の女王蜂の更新につながる可能性が考えられるからである。
試験結果ではチェックマイト※4 の強い悪影響が明らかになったが,アピスタン(フルバリネート)では、対照群との有為な差が現れなかった。しかし、これは新しい巣脾が入れられた群に、使用説明書どおりの量を与えた結果であって、巣脾には蓄積されたフルバリネートはない。
現実には、信じ難い量と濃度のマブリックが投与されているケースも少なくない。試験を実施した研究者も、フルバリネートが巣脾に蓄積された状態での影響を調べる必要性を強調している。古い巣にはより多く蓄積している可能性があり、早めの更新が勧められている。
耐性のメカニズム
化学合成の殺虫農薬の多くは、駆除対象の害虫の神経回路に働き、神経伝達機能に干渉すること
で効果を発揮する。神経繊維の末端で刺激の伝達を阻止したり、過剰な刺激を与えたり,または刺
激物質を分解する酵素の働きを妨げるような働きがある。しかし、数多くの中には、次のようなさ
まざまな戦略で薬剤の攻撃から生き残る個体もある。
(1)生物学的な耐性
有効成分が、作用点に到達する前に代謝してしまう分解酵素を持つ。
(2)生理学的な耐性
化学物質が分解されることはないが;
1化学物質に対する神経組織の感受性を下げる。
2アセチルコリンエステラーゼの変化。神経刺激伝達物質アセチルコリンを分解する酵素コリンエステラーゼの働きを抑制するタイプの農薬がある。
これらの農薬には刺激を間断なく続けることで、神経組織を疲弊させて害虫を殺す機序があるが、この酵素が変化して薬剤への感受性が低下している。
3外皮のキューティクルが構造上あるいは成分的な変化をして,薬剤の浸透を妨げる。
4農薬の体外への排泄機能が増しているか,もしくは脂肪組織に貯えることで神経経路への到達を妨げる機能を獲得している。
ダニのフルバリネートへの耐性がどれに相当するのかは解明されていない。しかし、きわめて強い耐性を獲得していることは間違いない。
今、世界の養蜂家は、IPM(総合的病害虫管理)と呼ばれるさまざまな対策を組み合わせながらダニに対処しなければならない時を迎えている。
同時に,完璧な駆除を期待するのではなく、あるレベルまでの寄生率を甘受しつつ、ミツバチのダニに対する抵抗性を高めることが求められている。
耐性のメカニズム
(1)オーガニック物質を使う
際限ない耐性ダニとのいたちごっこに限界を感じてか、世界の養蜂家はオーガニックな物質を使い始めた。製薬会社も化学合成の新薬から、これらの製品開発の方向に舵を切ったようである。すでにチモール剤のアピガード(ビタ社)とアピライフバー(ケミカルズライフ社)は世界で広く販売されている。
我が国ではチモバールが承認申請中で、本年中には登録がされるようである。チモールには耐性は現れないと考えられものの、蜂への影響は少なからずある。また匂いが蜂蜜に移行するので、採蜜 1 ヶ月前から休薬しなければならない。
蟻酸製品には、MAQS※5(NOD 社)があり、よく効く。しかし継ぎ箱満群でも蜂児が死ぬ場合があるほど副作用が強いために、養成群ヘの投与は難しい。蟻酸は安価に手に入るが、腐食性で取扱が難しく、産卵を抑制する上、蜂児への影響も確かにある。特に気温によって蒸発量が左右されるので、成分を徐放する工夫が必要になる。安全且つ効果的な投与のためには、群勢・気温に注意を払い、慎重に投薬間隔・量を変えなければならない。
蓚酸(2 水物)は,現在ヨーロッパや北米でダニ対策の主流となっている。
アピバイオキサル※6(ケミカルズライフ社)はすでに主な欧州 6 カ国とニュージーランドで登録されており、さらに 6 カ国が申請中になっている。
北米ではカナダが早くからへギイタダニ対策のための蓚酸使用を認めており、アメリカでは EPA※7(米国環境保護局)は、2015 年 10 月に承認している。
蟻酸・蓚酸は共に危険な物質であり,特に高純度の蓚酸は劇物としてその購入・保管・取扱にも法的な制限がある。しかし、市販のダニ駆除剤に十分な効果が期待できないのであれば、別の方法を模索せざるを得ない。世界 6 位の蜂蜜輸出国になったベトナムでは、蟻酸を 3 日おきに 7 回も連続投与すると言う。その間、王の産卵もストップするらしいが、年 1 回の投与で済むそうである。
蟻酸・蓚酸共に蜂蜜に一部残留するが、時間経過と共に気化して無くなる。
蟻酸は蜂蜜中の天然成分として, 蓚酸は栽培作物を含む幅広い植物種に含まれる成分として.EPA、EFSA※8(ヨーロッパ食品安全局)共に、MRL※9(最大許容残留値)を定めるべき物質リストから除外している。
問題はむしろ蜂蜜の味に及ぼす影響で、これには閾値が示されているが、通常の投与でこれを超えることはないと考えられている。
蟻酸 300〜600mg/kg
蓚酸 400〜900mg/kg
(2) あえて投薬をしない選択肢
少なくとも季節行事として、漫然と投薬を繰り返すことはやめるべきである。それが、殺ダニ剤に耐性を持つダニだけが生き残り、やがてその蔓延を許す根本的な原因であるからである。薬剤に耐性を持つダニが存在する一方では,ミツバチにもダニへの抵抗性を持つ系統があることが知られていて、およそ全体の 10%は何らかの自然な防御のための遺伝形質を有していると言われる。自然淘汰と選抜の機能が働くのである。
極東ロシアのミツバチは,へギイタダニに対する何の対策もとられることなく、少なくとも 200年以上飼育されている。アフリカ大陸のミツバチ、南北アメリカのアフリカ化ミツバチも野性で生き延びている。スウェーデン,バルト海の離島で実施された試験では、1999 年以来、あえて無投薬で放置されたミツバチとダニの間に、バランスの取れた宿主—寄生ダニ関係が生まれ,最終的には対照群と比較してダニの増殖を 82%抑制することができている。
もし、すべての養蜂家が人為的なダニ対策を完全に放棄すれば,全国の蜂群はおそらく壊滅的な状況に陥るであろう。しかし、少なくとも数パーセントの群は抵抗性があり、生き残って再び回復の軌道に乗るであろう。しかし,養蜂を業とする者にとって,容易には取組めない課題である。そこで、蜂群を維持しつつ,少しでも自然な抵抗性を持つ蜂に近づける方法を模索してみたい。
(3) VSH ビー
近年、各国でダニ抵抗性系統のミツバチを作るプロジェクトが進行している。
いち早く取組んだ USDA・ARS※10 では,VSH ビー※11 と呼ばれるダニ抵抗性系統の蜂が作成された。
この系統の女王蜂が、まず全米の女王蜂ブリーダーに配布され、そこで養成された娘女王蜂が、さらに一般へ販売されている。
ダニ抵抗性を構成する要素はひとつではない。まず脚や口器を使ってダニを掻き落とす,あるい
は噛み落とすグルーミング行動がある。へギイタダニの元々の宿主である東洋ミツバチ(日本ミツバチを含む Apis cerana 種)は、この能力に優れている。
VSH はそれとは別に後に発見された性質で、二つの遺伝形質が関与している。
まず、15〜18 日令の「清掃蜂」が、封蓋を通してダニに寄生された蜂児(蛹)を感知して封蓋にピンホールを開ける。さらに別の蜂がその蛹を噛みやぶる行動をとることが知られている。(図
2)その際なぜか、ある程度は存在するとされる産卵能力のないダニに寄生された蜂児を処分することはないことも判った。VSH 女王蜂が産んだ働蜂が,特に高い確率でこの行動を取ると言われる。
また科学的な理由は解明されていないが、VSH 群では、なぜかダニの産卵が抑制されることも知られている。この遺伝形質は優性で、純粋な VSH 女王蜂の娘女王が生む働き蜂は、母王の交雑如何にかかわらず VSH の性質を保つため、娘の処女王さえ供給されれば、耐性群を得ることができる。(図2)
(4)ダニ耐性群を作る努力
ダニ耐性群の持つ耐性メカニズムを調べる科学的な試験方法は色々あっても、一般養蜂家にはそれらを実行する余裕はない。しかし、前述の 3 つの性質のうち何が機能しているかは別として、大きな犠牲をともなう自然の選択に任せるだけでなく、養蜂家自身がそれなりに取組めることはできるはずである。
1まず春からダニの寄生レベルを群ごとに一定期間をおいてモニターする。
経時変化するので、必ず記録する。底板に粘着シートを置いて自然落下数を調べる。シュガーロール法で寄生率を調べる。
2春から夏までは雄蜂巣枠を入れておき、同様に定期的にチェックする。まず、有蓋雄蜂児枠の半面を切除して寄生状態を見る。ダニがいないか、少なければ、そのまま群に戻し、寄生の多い群の雄蜂房はすべて切除する。
3こうしてダニがいないか少ない群,または増えない群をマークすることによって、寄生率の高い群の雄蜂を淘汰して、寄生の少ない群の雄蜂を残す。
同時に,そのなかから翌年の女王蜂養成種蜂の候補となる群を選抜する。
4理想的には秋の終わりまで寄生状態をモニターしたい。いくつか注意しなければならない点もある。
1採蜜作業の際には、蜂児枠の群間の差し替えはしない。元群返しする。
2群の合同をしない。移動は極力避ける。
3他所からの蜂群購入をしない。
4種群として選抜するには、産卵力・集蜜力・攻撃性なども評価する。
浸透性農薬の普及によって,世界の農耕地帯で自然界の花粉媒介昆虫が激減していることが伝えられている。ミツバチの 重要性が一層高まって来ている折りに、イチゴの花粉交配用のミツバチさえ充分に供給できないとなれば、養蜂家として恥であるかもしれない。お互いに情報を交換しあい,研究者にも協力を求めながら、技術レベルを高めることで問題解決をしなければならない。
注)
※1;「ダニにまつわる話」筑摩書房
※2;英国 Vita Europe 社,国内代理店・日本農薬(株)
※3 ; Arysta Health & Nutrition sciences (株)
※4;Check-mite, Bayer 社、有効成分・有機リン系クマホス。
※5;Mite-away Quick Strip, Natures Own Design 社
※6 ; Api- Bioxal, Chemicals Laife 社
※7;Environmental Protection Agency
※8;European Food Safety Authority
※9;Maximum Residue Levels
※10;アメリカ合衆国農務省農業研究所
※11;Varroa Sensitive Hygiene Bee, へギイタダニ感受性衛生行動をとる蜂
参考文献
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Journal of Apicultural Research, Apr. 2015
*The efficacy and tolerability of Api-bioxal as a winter varroacide in a cool temperate climate:
Journal of Apicultural research. Aug 2016 - A comparison of two methods of applying oxalic acid for control of Varroa; Journal of research,
May 2015:
*Towards integrated control of Varroa; comparing application methods and doses of oxalic acid on
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Journal of apicultural research, June 2016
*COLOSS-Assessment of alternative methods for Varroa control;
May 2016, Ynije, Croatia - Science News; American beekeepers lost 44% of bees in 2015-16
May 2016, Maryland University
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- The effect of mitecides on the reproductive physiology of honeybee,
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- Effect of inhive-mitecides on drone honey bee survival and sperm
viability; April 2013, Journal of Apicultural Research - Pestcides; Mechanism of resistance to insecticides;
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- From USDA Varroa mite Summit, Feb 2014,
- Mite control options and resistance management;
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Baton Rpuge, LA, USA - Honeybee colonies in Sweden surviving Varroa destructor infestation
(“ The bond bees”)
Swedish University of Agricultural Sciences & University of Maryland