分蜂 ~ミツバチのサバイバル戦略~

 まず専門用語の定義を明らかにしたいと思います。というのも、養蜂家の間にこの用語の使い方に混乱があるように見えるからです。ミツバチの習性として元の巣箱から新天地を目指して飛び出す現象を「分蜂」または「巣別れ」と呼びますが、養蜂家が元の群を分けて別の群を作る過程を「分蜂」とは言いません。分蜂とは人の手ではなく、ミツバチ自体が分かれて別の群を作ることを表します。

 アマチュア養蜂家の間では「人工分蜂」と言う表現もあるようですが、専業養蜂家には通じません。群の「分割」「割り出し」と言う用語が使われます。

 これは実は世界共通の用語で、英語では群の「分割」をDivision、「割り出す」ことをDivide と表現し、他の言語でも同じです。英語の苦手な人が多い専業養蜂家も使い分けているのですから、アマチュア養蜂家もこれに倣ってもらうしかありません。実際に専業家とアマチュア養蜂家との会話がちぐはぐになることも少なくないのです。

 ちなみに一部の蜂が巣を離れて元の群に王台が残る「分蜂」は英語でSwarming、すべての蜂が巣を放棄する「逃去」はAbscondingという風に区別されています。

分蜂はいつ起こる?

 分蜂は主に春に発生しますが、条件さえそろえば冬以外いつでも起こる現象です。

 ミツバチが世代交代と生息域の拡大を通して種の維持を図る習性であり、それには元の群の十分な貯蜜と群勢の充実が前提になります。貯蜜があっても蜂が少ない、その逆に蜂が多くても貯蜜が無い状態であれば分蜂は起こりません。分蜂した後の群の維持が期待できる環境が必要なため、多くは流蜜(Nectar flue=蜜源植物が開花して花蜜を分泌すること)がある期間中に発生します。

 繁殖力旺盛なアフリカミツバチは、棲息適地の熱帯サバンナでは年間を通して平均8回の分蜂を繰り返すと言われます。また乾季で周辺の蜜源が枯渇すると、大河の流域やオアシスを渡り歩く数百kmの「移住」(Emigration)をするそうです。

 カーニオラン種は早春に一気に繁殖していち早く分蜂体制に入る特徴があります。イタリアン種と比較しても更新王台の数も多く作る傾向があります。原産地がアルプス山中で活動期が短く、8月には養蜂シーズンがほぼ終了します。可能な間に世代更新を済ます必要があり、早い時期に分蜂する遺伝形質を持っていると思われます。

 世界の専門ブリーダーが生産する女王蜂は、おおむね容易には分蜂しない系統に改良されています。逆に一般の養蜂家のミツバチには、すぐに王台を作って分蜂モードに入る群が多くあります。長年に渡り、自然にできた更新王台を利用して群を増やしてきた結果、分蜂性の強い遺伝子を持つ群ばかりが残ってきた結果と思われます。

分蜂熱―準備段階

 春に蜂が増え始める頃には、雄蜂の蛹が目に留まるようになります。これが分蜂への準備段階の第1歩で、さらに群が大きくなると巣脾面は蜂児で覆われ、花蜜の採集も増えます。そうなると女王蜂が産卵するための空巣房が不足し、働きバチは女王蜂への給餌を止めます。女王蜂は王椀(queen cell cup )に産卵し、働きバチは孵化した幼虫にローヤルゼリーを与えて次の女王蜂を育てる王台を形成します。王椀は常時女王蜂が産卵しない限りはそのまま維持されます。王台の新女王の羽化が近づくと、母王(旧王)の卵巣は委縮して体重は半分になり、いつでも飛べる状態になります。働き蜂の採集活動も低下します。その状態を「分蜂熱」(Swarm fever)と呼びます。一度分蜂熱が生じると簡単には収まりません。初心者の養蜂家は分蜂を防ぐために熱心に王台を除去しますが、群が分蜂へスタンバイ状態にあることに変わりはなく、また次々に王台を作り、やがて見落としの王台を残して分蜂してしまいます。その群を放置すると、次々と小さな群の「2次分蜂」(Secondary swarm)が発生し、元の群にほとんど蜂が残らないこともあります。2次分蜂群はすでに母王が失われています。処女王を連れた2次分蜂群は高い樹上にとまる傾向があり、収容も難しくなります。大切な群を失わないために、まず分蜂熱を起こさせない管理が重要です。

 特に高齢の女王蜂の群は、早くから分蜂熱を起こす傾向があります。逆に若い女王蜂の群は、例外はあるものの通常分蜂傾向は少なく、弱い群も分蜂熱は発生しません。

 なお、分蜂のために作られる王台は分蜂王台で、更新王台や成王台とは異なります。

  • 分蜂王台(Swarm cell)

産卵のための空巣房が無くなり、営巣空間がそれ以上巣を大きくする空間が無い場合に作る・巣脾下部の辺縁部に10個程作る。

  • 更新王台( Supersedure cell)

老齢・病気・その他の理由で女王蜂が群の維持に十分な数の産卵をしなくなったと判断された時に作る。巣脾中央部に1~数個作る。

  • 変成王台( Emergency cell)

事故・病気などで女王蜂が急死した場合に、働き蜂の巣房を改造しながら作る。不特定の場所に数多く作る。(10個以上)

分蜂王台
更新王台/変成王台

分蜂のプロセス

 分蜂熱が生じた群からは少数の偵察蜂( Scout bee)が飛び立って、とりあえず分蜂群が集結する場所を探します。ほとんどの場合元の巣箱から数mの樹木の幹か枝で、女王蜂を中心に集まります。この一時集合場所からは永住に適した空間を探すために、20~50匹の偵察蜂が飛び出します。外勤活動の経験豊富なベテランの働き蜂がこの任務にあたると言われます。偵察蜂は閉鎖空間の大きさ、出入り口の安全性、日照、外敵特に蟻がいないことなどをチェック項目に新しい営巣場所を探します。気に入った場所を探し当てた偵察蜂は、群に戻ってダンスによってその位置を仲間に伝えます。 個々の偵察蜂が別々の場所の情報を持ち帰りながら、最終的な群の判断はどのように決まるのでしょうか? 実はダンスの高揚度に差があって、より良い場所を見つけてきた蜂のダンスは激しく、そうではない蜂のダンスを圧倒すると考えられています。

 偵察蜂の約80%が同意するか、20~30匹が同じ候補地に現れる場合には最終意思決定が行われ、早ければ2~3時間、遅くとも翌日には集合場所から営巣場所へ移動します。蜜胃の蜂蜜は3日間で消化してしまうのでそれ以上留まることはありません。

 分蜂群の集結(Cluster)はミツバチの群にとって最も無防備な状態です。

 蜜胃に入れた蜂蜜だけがカロリー源の群は、早く新居に移って採集活動を始めなければ餓死する危険性があります。天候が不安定な春に分蜂した後には、気温の低下や降雨が続くこともあります。一方、母王を失って未交尾の処女王が残った元群にも大きなリスクが待ち構えます。もし処女王が交尾飛行中に外敵によって殺された場合には、群にもう一度変成王台(Emergency queen cell)作るための材料すなわち若い蜂児が残っておらず、群は消滅する結果になるからです。

分蜂を制御する

 ひとたび群が分蜂すれば約半数の働き蜂が失われ、以降の蜂蜜の収穫が半減またはまったく望めなくなります。したがって分蜂を未然に防ぐことは重要な養蜂技術の一つですが、初心者はもとより、油断すればベテラン養蜂家も失敗するものです。

 まず分蜂熱が発生しやすい色々な条件を取り除くことが大切です。

⑴ 分蜂しやすい性質の遺伝子を排除する。

 自然にできた更新王台を利用して群を分割し続けると、やがて分蜂しやすい系統の群ばかり残る。新王でありながら盛んに分蜂王台を作る群が増えて来る。反対に旧王でもよく産卵し、蜂が増えても王台を作らない群もある。増群する時は、そのような群の蜂児からできた変成王台を利用する。女王蜂養成技術の習得が望ましい。

⑵ 思い切って新女王蜂に更新する。

 女王蜂が高齢になれば更新王台を作る傾向が強くなる。2歳以上の女王蜂は淘汰して新女王に切り替える方が有利になる。ただし前年に優秀な成績を残した群の女王蜂はそのまま「種バチ」として残して、その蜂児を新王作りに利用する。

⑶ 十分な空巣脾を与え女王蜂の産卵場所を確保する。

 蜂児や貯蜜で産卵のための空巣房がないことが、まず分蜂の直接的な原因になる。空巣脾や巣礎枠を与えることは単純ながら効果的な対策である。その際、2段継箱群にしてすべての枠を継箱に上げると同時に、下段育児箱にまとめて空巣脾を挿入する方がよい。上段の巣房を使い切れば、蜂は自然に下段の育児箱に降りてくる。

⑷ 採蜜する。

 すでに継箱群にできる群の場合は、採蜜が手っ取り早い対策になる。採蜜すれば女王蜂が産卵するための空巣房が増え、女王蜂は産卵を再開する。また貯蜜が取り上げられた結果、蜜胃に入れて持ち出す「弁当」が無くなり、分蜂できなくなる。十分に蓋掛けしていなくても、2週間以上経てば糖度は78以上になっている。

⑸ 女王蜂の翅を切る。

 片方の羽を切っておくと、分蜂群が女王蜂を誘い出しても、飛べない女王蜂は数m先で働き蜂に囲まれた状態で留まる。働きバチは仕方なく元の戻るが、女王蜂はすでに新王が羽化している元群には帰れない。分蜂によってとりあえず蜂の損失を防ぐことはできても、元群は蜂が溢れかえった状態が続くことになり、すぐに処置しないと2次分蜂・3次分蜂が発生してさらに多くの蜂を失うことになる。

分蜂群を収容する

 分蜂しないような蜂群管理をすることが基本ですが、実際に起きてしまえば樹上の蜂球を放置することもできません。ほとんどの旧王の1次分蜂群は、樹木の比較的低い枝に集結します。枝が細ければ、そっと切ってクラスターをそのまま空箱に収容できれば最高です。しかし、いつもそう好都合には行かないもので、太い幹に集結することもあります。その場合には別の群の蜂児巣脾を1枚クラスターに接触させておくと、女王は王台の有無を確認するために巣脾に移動します。巣脾が蜂で覆われた時点で、同様に空箱に移します。場所によってはそんな作業も難しいこともあります。

 やむを得ず枝をゆすったりブラシで払って空箱に収容しようとしても、元の集合場所に戻ろうとします。そんな時は、合成ナサノフ腺フェロモン(集合フェロモン)や女王蜂フェロモン(QMP)が便利です。巣箱の巣門口にひとつ、巣箱の中の巣脾に一つセットすると、蜂はそちらに惹かれて早く収容できます。

 一方、処女王の2次分蜂群は、同じ樹でも梢近くにとまる傾向があります。養蜂器具の大手販売業者では、高いところにも届くネットを取り扱っています。

 なお、さらに便利な分蜂誘引剤製品もあります。世界には数種類販売されていますが、すべてレモングラスのエッセンシャルオイルが主成分となっています。俵養蜂場では英国Vita社のSwarm Attractant wipe を取り扱っています。樹の枝と空の巣箱の両方にセットすれば、樹の枝には旧王の群が、空巣箱には処女王の群が集まります。例外なくきれいに分かれることが知られていますが、その理由は不明です。

分蜂群誘引剤
文責:(有)俵養蜂場ビーラボクリニック

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