これからのヘギイタダニ対策(PartⅢ)

化学合成殺ダニ剤への耐性

 長年使われてきたアピスタンに耐性を示すダニが蔓延し、世界の養蜂家が対策に悩んでいます。アピスタンの有効成分は農薬マブリックと同じフルバリネートですが、ダニ類には強い毒性を示す一方でミツバチには比較的安全なため、まだ多くの養蜂家が自家製の担体を高濃度のマブリック水和剤に浸漬して使っています。しかし、脂溶性で脂質0%のハチミツには残留しない一方、蜜ロウつまり巣脾には吸収されます。こうしてダニが微量の薬剤に常時接する状態が耐性を誘発すると考えられています。
 同じピレスロイド系でフルメトリンを有効成分とする駆除剤もネット販売で入手されていますが、やはりフルバリネート耐性のダニには効力が劣ります。(交叉耐性)
 同じく脂溶性で蜂蜜にはほとんど残留しないと言われますが、MRL(残留基準値)はフルバリネートの0.05ppmに対し、フルメトリンは0.005ppmと大変厳しいものです。
 現在、最もよく使われているのは有効成分アミトラズのアピバールです。(農薬のダニカットに相当)水溶性で蜜ロウには残留しません。水分を含む蜂蜜には溶解しても加水分解されるので食品衛生上の問題は無いとメーカーは言います。しかし高湿の時期には著しく効力が低下します。メーカーは高温は影響しないと主張しますが、我が国の夏は高温に高湿が伴うのが普通です。投与は春と秋に限定されるべきでしょう。
 アミトラズには直接ダニを殺す効力はありません。麻痺を招いて栄養摂取を妨げることで結果的に餓死させる遅効性が特徴の薬剤です。耐性を発現させ難い薬剤と言われながら、やはり効力は次第に低下してきているようです。特に毎年欠かさず2回づつ投与してきたような養蜂家の間に耐性ダニが広がりを見せています。

ヘギイタダニとウイルス

 世界のヘギイタダニは病原性が強いKorea型に置き換わっていて、被害はさらに深刻化しています。我が国も例外ではありません。かつては10%以下であれば問題ないとされた寄生率は、現在では1~2%以下でなければならないと言われます。
 この困難な状況に対し、2010年以降世界で盛んに調査研究が進められてきた結果、ヘギイタダニの病理に関する多くの重要な論文が発表されています。なかでも注目されるのは、ヘギイタダニはミツバチから血液(血リンパ)を吸収するのではなく、昆虫特有の脂肪体組織を摂取することが明らかになったことです。
 脂肪体は脊椎動物の肝臓に相当し、代謝や免疫の機能を持ちます。その重要組織を食害されたミツバチは免疫力が低下し、常在性で本来は感染しても無害のDWV(縮れ翅ウイルス)が、体内で爆発的に増殖して強い病原性を発揮すると言う報告です。また蜂児に寄生したヘギイタダニは羽化する蜂と共に巣房を出た後、別の育児バチに乗り移って寄生を続けることも判りました。
 1日1300回、育児に関わる10日間に1万回蜂児に給餌する育児蜂が寄生されれば、十分な栄養を蜂児に供給できないばかりか、ウイルスを媒介します。こうして悪循環が繰り返され、1匹のダニが1匹のミツバチを殺すのではなく、複数の蜂を害する結果、群全体が崩壊に向かうのです。(※1)

ダニ対策の基本

 ヘギイタダニが低寄生率で大きな被害をもたらす限りは、目視でダニが見つかる時は手遅れです。その正確な寄生状況を知ることが対策の第1歩になります。
 春から初夏のミツバチの繁殖最盛期には、ミツバチの繁殖がダニの繁殖を上回り、成蜂への寄生率は高くなりません。しかし、成蜂/有蓋蜂児の寄生率はふつう1:3程度ですが、産卵が低下する真夏には一気に上昇します。2~3%であった成蜂寄生率が、1ヶ月後に数10%になることもあります。この頃の寄生率監視は特に重要です。 
 誤った情報や推測による駆除法で効果は期待できません。寄生生物ヘギイタダニと宿主ミツバチの両方のライフサイクルに関する知識を元にした戦略が必要です。(※2)
 なお以下の対策を実施するには、個々の方法についての十分な知識も必要です。別途にそれぞれに詳細な説明が用意してあります。

1 )寄生率のモニタリング(※3)
  「ダニや縮れ羽の蜂が見えない」は安全指標ではない。正確な寄生状況把握が必要。
  春~夏=雄峰巣房の蛹の寄生率、またはシュガーロール法による成蜂の寄生率検査
  秋以降=雄蜂児が無いのでシュガーロール法だけ
2 )雄蜂児を利用してダニをトラップ(※4)
  1.  雄蜂巣房をより好むヘギイタダニの性質を利用して、誘い込んで処理する。
  2 . 自然巣の雄峰巣房を作らせる方法と雄蜂巣礎を与える方法がある。
3)オーガニック駆除(※5)
  耐性が現れないギ酸・シュウ酸・エッセンシャルオイル(チモールなど)を使用。
  各薬剤の特徴を熟知しないと、良い効果が得られず薬害を招くこともある。
4 )有蓋蜂児の無い群を作る(※6)
  1.  女王蜂を隔離王カゴに幽閉して産卵を約3週間止める。
  2 . 女王蜂をアイソレーターに隔離して産卵させ、ダニを誘い込んむ。
  3 . 分割増群する時、女王がいないか産卵開始直後で有蓋蜂児がない状態を利用。
5 )寄生率が常時低い群から次世代の女王蜂を作る。(※4)
  女王蜂と共に雄蜂も確保する。(⑴の寄生率モニタリングが必要)                              6 )古く黒い巣脾の早めの処分
  フルバリネートは脂溶性殺ダニ剤で蜜ロウに残留・蓄積してゆきます。古い巣には
  より多く残留して蜂児に薬害が出る可能性があり、ダニの薬剤耐性を招きます。

これからのヘギイタダニ対策

 耐性が現れた化学合成の殺ダニ剤に代わり、現在はオーガニック物質の利用やダニの繁殖生理を利用した雄蜂児トラップなどが駆除法の主流となりつつあります。
 しかし、どの方法を採用しても、駆除効果、使用できる気温・時期、費用、蜂への安全性、使用法などの点で何らかの制約が存在します。まずプラスチックの担体を巣枠間に吊るすアピスタンやアピバールに比べて投与に手間暇かかる上、より慎重かつ適期の投与に配慮しなければ、蜂への安全性も良い駆除効果も期待できません。
 また、効果の持続が短いオーガニック薬剤の欠点をカバーするためには、女王蜂を隔離することで産卵を制限し、有蓋蜂児の無い状態を作り出してから薬剤を投与するテクニックも必要になります。(※6)
 ヘギイタダニ対策に費やされる時間と費用は、かつての倍以上に膨らみました。その一方で、実は世界にはヘギイタダニに何の対策も取られることなく、ミツバチが生き延びている地域があります。その多くはどちらかと言えば訪問管理が難しい辺境の地です。自然の「淘汰圧」(selection pressure )によって、ダニに抵抗力を持つ系統だけが生き残ったと考えられます。(NVR=Natural Varroa resistance ) ダニ駆除剤を使わなかった結果獲得された遺伝形質です。駆除剤は耐性ダニばかりを残す「両刃の剣」として働くことを知らなければなりません。(※養蜂産業振興会会報第5号)
 同じ蜂場で同じ飼育管理をしていても、ダニの寄生率は群によって違うことを養蜂家は経験的に知っています。よく調べればその中に1/10ほどの率で、常に寄生率が低い群があります。これには主に二つの遺伝的な形質が関わると考えられています。
 その一つはグルーミングの性質で、個々の成蜂が体に寄生するダニを自ら振るい落すAutogroomingと仲間同士でダニを噛み落とすAllogrooming の行動がそれです。
 注目されるのは後者の方で、体の一部が欠落した状態で落下しているダニが多く見つかる群があります。(※7)
 もう一つの抵抗性遺伝形質は、ダニに寄生された有蓋蜂児を除去する行動です。蛹に寄生するダニを感知する能力と、封蓋を噛み破って寄生された蜂児を除去する行動の各々の遺伝子が存在すると言われます。
人工授精技術も駆使して、これらのダニ抵抗性の形質を人為的に選抜して固定する研究も進んでいます。VSHビーと呼ばれ、一部で女王蜂も頒布・販売されています。VSHはVarroa sensitive hygiene =バロアダニ感受性衛生行動 を意味します。(※8)
 最新のヘギイタダニ対策は、RNAi(RNA干渉)を用いた方法です。siRNA(塩基配列が少ない短鎖RNA)が、ターゲットのmRNAを切断分解して遺伝子発現を抑制する働きを利用するものです。もっぱら医療分野で用いられる最先端の遺伝子工学技術が、ミツバチのダニ対策に応用されるとは、にわかには信じがたいような話です。しかし、実際にアメリカではすでにショ糖液に混入する製品が存在します。
 合成が可能な短鎖RNAが、大量生産の製品化を可能にしたのかも知れません。もっともメーカーは一般養蜂家の使用成果をネットで大きく紹介していますが、今のところ、大学や公的研究機関の試験成績論文はまだ見当たりません。FDA(米国食品医薬局)による承認を得た製品でもありません。
 糖液に混ぜられた物質はふつう成蜂には直接的に、生育中の蜂児には花粉団子、孵化後3日以内の若齢蜂児にはワーカーゼリーに移行して吸収されるます。フソ病予防のための抗生剤投与の例がそれです。しかし、ミツバチの脂肪体を唯一の栄養源とするヘギイタダニに、この製品の成分がどのように到達するのかが明らかにされていません。注目すべき製品ですが、確かな評価に関する情報が得られるまで、もう少し待つ必要があるように思われます。
 ヘギイタダニは耐性を獲得し、ウイルスも変異し続けます。それらへの対策も当然変わらざるを得ませんが、幸い研究も進み、新しい知見も大幅に増えています。
 近年までヘギイタダニ、特に薬剤耐性ダニ対策について書かれた日本語の文献はほとんど見当たりませんでした。養蜂産業振興会会報には、第1号から欠かさず最新の情報が特集として掲載されています。ぜひ入会して購読されることをお勧めします。

(文中※参照)
(※1)養蜂産業振興会会報第3号特集
(※2)養蜂産業振興会会報第1号・2号特集
(※3)俵養蜂場HP養蜂参考資料ライブラリー「シュガーロール法」
(※4)俵養蜂場HPライブラリー「雄蜂用巣礎のすすめ」
(※5)俵養蜂場HPライブラリー
    「化学合成殺ダニ剤に頼らないこれからのヘギイタダニ対策」
「シュウ酸を用いたヘギイタダニ駆除の特徴」
(※6)俵養蜂場HPライブラリー「女王蜂産卵制限の効用」
(※7)俵養蜂場HPライブラリー「ミツバチのグルーミング」
(※8)養蜂産業振興会会報第4号特集「VSHビー」

文責:(有)俵養蜂場ビーラボクリニック

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