ミツバチのグルーミングと寄生ダニ
対ヘギイタダニのグルーミング
ミツバチには肉眼では見えない繊毛がほぼ全身に生えています。働き蜂が花を訪れて花粉を採集する時には、まずこの毛に付着した花粉を前肢と中肢を使って順に後肢の花粉バスケットに送り込んで花粉団子を作ります。巣に戻った働きバチは、この団子を体を震わせて団子を巣房に落とし入れます。
この一連の作業がミツバチが行うグルーミングの本来の行動であって、猿が虱やその卵を取り除くグルーミングとは異なるものす。しかし、ヘギイタダニなどに寄生された場合は話は別です。ミツバチは自ら脚で掻き落とそうとする動作と共に、激しく体を振るわせてダニを払い落とそうとします(セルフグルーミング)。ところがヘギイタダニの脚の先端部はミツバチの毛を伝ってすばやく歩くことができるような構造になっていて、グルーミングの成功率はあまり高くありません。うまくダニを落とせない働きバチは、さらに体を振るわせて仲間の手助けを要求します。働き蜂の一部にはその「専門家」が存在していて、これに反応して仲間のダニを噛み落とそうとします(アログルーミング)。感心なことに、その間ダニに寄生されているミツバチは、両側の翅を広げてじっと静止して協力するのです。
グルーミングの能力は、群のヘギイタダニ抵抗性に強く影響する遺伝的形質として、近年研究者の注目が集まっています。
このグルーミング行動については、古くから日本ミツバチを含む東洋ミツバチが非常に巧みにこなすことが知られています。多くの雄蜂が誕生する季節には、巣箱の底に脚がもげたり、甲羅が欠けたダニの死骸が多く見つかります。
西洋ミツバチ同様に東洋ミツバチの雄蜂児にはダニがより多く育ちますが、雄蜂が自らダニを掻き落とす様子が見られないことから、すべて働き蜂が噛み落とした結果だと考えられます。ヘギイタダニに寄生された西洋ミツバチの群に、日本ミツバチの蜂児枠1枚を西洋ミツバチの群に入れた人があります。それが羽化して混群が形成された後、ダニがほぼ完全に除去されたそうです。
西洋ミツバチのカーニオラン種の一部の系統も、グルーミング能力に優れていると言われますが、それを否定する意見もあります。まちがいなくその能力に秀でているのは、西洋種の中ではアフリカミツバチだけです。
なお、ミツバチが生命には影響の無い低レベルのネオニコチノイド農薬(クロチアニジン)に暴露されると、このグルーミング能力が低下してダニを落とせなくなり、結果としてダニの被害が大きくなることが明らかになりました。カナダ、ゲルフ大学の研究成果です。
対アカリンダニのグルーミング
日本ミツバチ(東洋ミツバチ)の群がヘギイタダニ寄生によって崩壊することはありません。東洋ミツバチはヘギイタダニの本来の宿主であり、雄峰が多く現れる時期には一時的にダニの数が増えることがありますが、群が全滅に追い込まれるような事態には至りません。日本ミツバチがヘギイタダニに対して遺伝的に高いグルーミング能力を獲得しているためです。
ところが2010年頃から日本ミツバチに寄生を始めたアカリンダニは、依然猛威をふるい続けています。現在約50%の日本ミツバチ群がアカリンダニに感染していると推定されています。ところが、元の宿主は西洋ミツバチであることから、前田太郎氏(農研機構みつばちユニット)が西洋ミツバチの感染状況を調べたところ、3000検体以上をを検査して、ようやく2例の感染例を発見しました。どうやら「西洋ミツバチvs ヘギイタダニ」の関係が、そのまま「日本ミツバチvs アカリンダニ」に当てはまるようです。ある寄生生物が新たに「寄宿先」を開拓した場合には、これに対抗する防衛手段を持たない相手に壊滅的な被害をもたらすことが知られています。
国立環境研究所の坂本圭子氏は、西洋ミツバチにほとんど寄生例が無いアカリンダニが、なぜ日本ミツバチに蔓延するのかを調べました。氏は爪楊枝にの先にさらにまつ毛を付けて、その先端に0,1mmのアカリンダニを乗せてミツバチに感染させたそうです。感染試験の結果、両種ミツバチのグルーミング能力に違いがあることが判りました。それだけが両種の感染率の違いをもたらす原因とは限らないものの、注目に値する試験結果であると言えます。
幸い、日本ミツバチは我が国の野性在来種です。アカリンダニに対しては、いわゆる淘汰圧によって、グルーミング能力など何らかの抵抗性を獲得する時が訪れる可能性はあると思います。