オーガニック(有機)物質を使うヘギイタダニ対策

 近年市販の駆除剤に抵抗性を示すダニが蔓延して、その駆除対策が難しくなってきた。専業養蜂家の間では、農薬を手作りの担体に付着させて使う方法が採られていたが、これにもダニは強い抵抗性を示すようになっている。欧米では、現在はこれら化学合成の殺ダニ剤に代わり、有機酸や精油などオーガニック物質を使うダニ対策が主流になりつつある。我が国の実情は大多数の養蜂家はまだどう対処すべきか思い悩んでいると言ったところであろう。

 改正食品衛生法によって、蜂蜜にも64品目の抗生剤・農薬などに最大残留基準値MRLが定められている。これを超える蜂蜜の販売は許されない。農薬を使わずにダニを駆除する方法が世界中で模索されている。

アピスタン・農薬マブリック(フルバリネート)

 アピスタンはフルバリネート(Tau-fluvalinate)を有効成分とするヘギイタダニ駆除剤で、農薬マブリックの有効性分である。即効性でミツバチには安全、長期間効力を保つ合成樹脂製担体が開発され、広く世界中で使われてきた。

 しかし発売30年経った今日では、ダニが抵抗性を獲得して駆除率は平均30〜50%まで落ち込み、投薬後1ヶ月で元の寄生率まで回復するまでになっている。当然、アピスタンが効かなければマブリックも効かない。多くの専業家が、信じられないよう高濃度のマブリックを担体に付着させて使用している。

 なお、フルバリネートは脂溶性でミツロウすなわち巣脾には移行するが、脂質0の蜂蜜へはまず残留しないと考えられている。しかし、マブリックは水和剤で、有効成分が鉱物性粉末に吸着させた製品である。さらにこれを水で溶いてベニヤ板の小片などに付着させて使うのであるが、粒子が巣房に落ち込んで貯蜜を汚染する可能性は否定できない。

バイバロール他(フルメトリン)

 フルメトリンは本来家畜のダニをスプレーや薬浴で殺す動物用医薬品であるが、ヘギイタダニ駆除剤も販売されている。特に中国には多種の製品があり、アピスタンが効かないと言う理由で、我が国の養蜂家もこれらを入手して使用していた時期があった。しかしフルメトリンはフルバリネートと同じピレスロイド系殺ダニ剤であるため、アピスタン耐性のダニには初めから効力が劣ったか、比較的早く耐性が獲得された可能性があり(交差耐性)、一時期ほどには使われていないように見える。なによりもハチミツ中の残留基準値が大変厳しい。フルバリネートの0,05ppmに対し、0.005ppmである。この点でも使用は勧められない。

アピバール・農薬ダニカット(アミトラズ)

 アピバールは農薬ダニカットと同じ有効成分アミトラズのミツバチ用医薬品である。初期のアピバールは成分が徐々に放出するようにゲル状であったが、現在はアピスタン同様、合成樹脂の担体で作られている。メーカーはこのスローリリースの機能を付与するだけのために10年を費やしたという。遅効性でダニの体内への蓄積によって効果が現れる。

 モンスーン気候の我が国では、高温・高湿の影響で効力が不十分な期間があることを知らない人がまだ多くある。

 晩秋~早春が投与最適期間である。使用開始が早かった欧米では抵抗性ダニが多くなり、他の駆除法に置き換わっている。我が国でも同じ傾向が現れていて、使用頻度が多い養蜂家、特にダニカットを多用してきた人の蜂群には十分な効果を示さない例が増えてきた。マブリックは水和剤で、有効成分が付着した鉱物性微粉末が担体に付着し、それが更に蜂の体に付着することで効果が現れる。一方、ダニカットは乳剤で、担体が乾けば蜂の体には成分は以降しないため効果が現れない。逆に担体が濡れた状態で挿入されれば、おそらくは蜂が舐めるために大量死することがある。効果があるのは半乾きから完全に乾くまでの短時間に限られる。ダニカットを利用することは綱渡りのような危険な方法であるだけでなく、確実な効果も期待できない。このような利用は避けるべきである。

チモール剤(アピライフバー・アピガード・チモバール)

 タイムなどハーブにも含まれる精油成分チモール(合成)。直接ダニを殺す作用の外に、強い匂いによってダニの繁殖行動などが抑制されると言われる。化学合成のダニ駆除剤と薬理作用が異なるので、抵抗性は生じないと考えられている。秋から春までの投与に適していて、気温が高い時期は気化が早過ぎて効力が続かない。そのため駆除率は30%〜90%と幅がある。必要期間効力保つためには、反復投与が必要である。ただしチモールは人には無害でも蜂蜜に匂いが残るので、採蜜1ヶ月前には施薬を止める必要がある。チョーク病やノゼマ病の外、他の病原菌も抑えることが期待できる。他の接触性殺ダニ薬剤と併用が可能で、相乗作用で駆除効果が飛躍的に向上する。

 アピライフバーとアピガードは我が国では未承認の薬剤であるが、チモバールはミツバチ用動物用医薬品として、2020年に認可されて発売された。有効成分は同じでも、各々剤形が異なるために投与に適する気温の幅が異なる。

 アピライフバーとアピガードは真夏の投与に向かないが、冷涼な気温(12〜25℃)でも良く効く。一方チモバールは結晶で、低温では昇華が鈍く、20〜30℃の比較的高温域でゆっくり昇華する。より長く効力が続く(3〜4週)が、寒い季節にはほとんど効果が期待できない。

ギ酸

 ミツバチの刺針毒の一部を構成する有機酸で、蜂蜜にも微量が含まれている。

 チモールと同様オーガニックダニ駆除剤として普及が進んでいる。効力はチモール剤をやや上回るが、同時に蜂への影響も少なくない。強烈な腐食性の液体で、気化したガスには眼・鼻・喉への強い刺激があり、皮膚についたまま放置すれば水泡を生じ、衣服には穴が開く。特に調剤にはゴーグル・防毒マスク・ゴム手袋を装着して取りかからなければならない。群勢に応じて気化速度の調整が必要で、特に弱群には注意が必要である。

 気管内寄生のアカリンダニには卓越した効果があり、一日で症状が消える。

シュウ酸

 現在、世界で最も普及が進んでいる有機酸の接触による駆除法である。特徴は即効性と効力の持続が短い(48時間)ことで、有蓋蜂児が無い状態で投薬されれば、駆除率は90%に達すると言われる。2通りの投与法があり(糖液滴下法と噴霧法)、どちらを選択するかは、蜂群数・群勢・有蓋蜂児の有無、気温などの条件を総合判断して決まる。

 糖液法は液の調整に手間がかかるが、数多い養成群の処理に向く。作業は早く済み、投薬器具も安価である。しかし、あまり頻繁に投与を繰り返すと蜂への被害が出る可能性がある。有蓋蜂児の無いタイミングを選んで、または女王蜂を人為的に隔離して産卵のブランクを作ってから投与することが望ましい。そうでなければ、連続投与は2回までに留め、他の薬剤を併用する方がよい。

 一方、噴霧法は採蜜期を過ぎていれば、継箱が載ったままで噴霧可能である。用量が守られている限り頻回投与しても問題はない。専用噴霧器はネットで安価で入手できるが、専業家向けの安全性の高い機器は高価である。

 ただし、シュウ酸の原末をそのまま使うので薬剤は極めて安価で済む。しかし少数群を処理するには、投薬作業の準備と実際の作業に時間がかかり過ぎる。どちらの方法を選ぶかは、蜂群の大きさと飼育群数などの状況次第と言える。


 有機物質を使ってのヘギイタダニ対策は、手間も費用もかかる割には、化学合成の新薬ほどの効力は期待できない。しかし、現在、世界で新たな薬剤が開発される動きはない。ある殺ダニ剤は3年で耐性を獲得したと言われ、製薬メーカーに莫大な開発コストに見合う利益が見込めないのかも知れない。

 今のところ世界のへギイタダニ対策は、オーガニックな物質を使う駆除法と雄蜂巣礎を使う物理的駆除とに変わりさらにダニ抵抗性系統のミツバチの作成という方向に向いつつある。

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