イチゴとミツバチと寄生ダニ <ハウスイチゴ授粉用ミツバチを上手に使う方法>

深刻なミツバチ不足

 近年、花粉媒介昆虫を含む自然界の昆虫類全体が激減しています。ミツバチも例外ではありません。気候変動や開発による環境変化の影響に加え、水溶性で浸透移行性の殺虫農薬の普及が関わっています。これらの農薬は土壌や水系を広く汚染して周囲の生態系全体に大きな影響を及ぼしています。それに加えてミツバチには寄生ダニの問題が存在します。

 養蜂家にとって2019年は史上最悪の年でした。夏の蜂群の養成がうまくゆかず、早くからハウスイチゴ花粉交配用のミツバチ不足が懸念されていました。今年2月には遂に供給が止まり、代わりに大量のマルハナバチが導入される事態になりました。しかし、マルハナバチは平均数十匹の群を構成して、ミツバチの群よりも短命です。力の強い大型のハナバチで、花粉を「力まかせ」で集めるので雌しべを傷つけ、熟すと桑の実のように凸凹になることもあります。マルハナバチはトマト授粉のエキスパートで、イチゴには本来不向きな蜂です。

 ミツバチには野生種の日本ミツバチ(東洋ミツバチ亜種)と明治時代に飼育が始まった西洋ミツバチがあり、作物の授粉には西洋ミツバチが使われます。

 日本ミツバチと異なり、西洋ミツバチは人が飼育しなければ生存できません。半面、環境に恵まれれば数万匹もの大群に達し、そこからさらに群の数を増やすことも可能な生物です。しかし、その繁殖には多くの専門知識が必要です。

 イチゴの栽培期間が長くなり、ミツバチの巣箱は半年間もハウス内に置かれるようになりましたが、ハウスの中で蜂群は以前より早く崩壊する傾向が現れています。ハウス内の環境に原因がある場合と、導入されるミツバチの健康に問題がある場合があります。特に寄生ダニが大きく影響します。

 ミツバチのダニはユーザー農家には直接関係のない話ですが、現実にダニの被害でミツバチの入手が難しくなり、価格が高騰する事態が起きています。

またイチゴ栽培の長期化はダニの増殖に有利になります。イチゴ農家にとってもミツバチの健康は、無視できない経営上の重要な要素です。養蜂家と共に彼らの生態について理解を深めてください。自家のイチゴ授粉用にミツバチを飼い始めて成功して人達も少なくありません。

 ダニ対策が万全であれば、決して無理な話ではありません。

寄生ダニの影響

 ミツバチの敵と言えば、誰もがまず危険なオオスズメバチを連想することでしょうが、実際にはゴマ粒よりも小さな寄生ダニが最大の敵なのです。

 元々東洋ミツバチ(亜種日本ミツバチを含む)に寄生していたミツバチヘギイタダニは、1957年に西洋ミツバチに寄生を始めやがて全世界に広がりました。

 世界では同じへギイタダニながら、より強い病原性を持つ大陸起源の系統(Korea haplotype )が蔓延していました。ところが,最近我が国でもいつの間にかこの系統に入れ代わっていることが確認されました。現在のダニは市販の駆除剤に耐性を獲得していて、コントロールが難しくなっています。同時に強毒性のウイルスを媒介して、容易に蜂群を全滅させます。ミツバチは今かつてない困難な状況にあります。

へギイタダニのライフフサイクル

 へギイタダニはミツバチだけに寄生する戦略で進化した生物です。したがって、そのライフサイクルはミツバチのそれに完全に重なります。(図1)

① 成蜂に寄生するダニはすべて繁殖能力のある雌ダニで雄ダニはいない。

② 雌ダニ(母ダニ)は成蜂野体を離れて繭を作る前の幼虫の巣房に侵入する。

③ 巣房が蓋される(繭が作られる)まで巣房の底に潜んで待つ。

④ 蓋がされると,巣房の底から幼虫(前蛹)の体に這い上がり吸血を始める。

⑤ 繭が蓋をされてから平均60時間後に産卵を開始する。最初の卵は雄で、続いて約30時間間隔で雌(娘)ダニになる卵を産む。

⑥ 孵化した子ダニはミツバチの蛹にから栄養を吸収して成ダニに成長する。

 (その間、兄妹関係にある雄ダニから授精して繁殖能力を獲得する。)

⑦ ミツバチが羽化する時に、母ダニ娘ダニ共に巣房の外に現れる。

⑧ 他の蜂に乗り移り寄生を続ける。その後、母ダニは数日後、娘ダニは平均11日後に再び巣房に侵入して繁殖を繰り返す。

 女王蜂が産卵を続ける限り(図1)のサイクルが繰り返されます。逆に女王蜂の産卵が止まって幼虫が無くなれば、ダニも繁殖することができなくなり、そのまま成蜂での寄生を続けます。つまり冬には、ダニは生存していても繁殖はしないことを意味します。ところが、暖かいハウスの中では女王蜂は毎日少数の卵を産み続け、したがってダニの繁殖も継続します。イチゴの栽培が長期化したことで、ヘギイタダニは一層危険な存在になりました。

 1匹のダニは1年後には1000匹になるとも言われます。寄生数の少ない群を導入しなければ、長い栽培期間を通しての群の維持は難しいと思われます。

 

ウイルスを媒介するダニ

 ヘギイタダニは吸血による栄養障害の結果、矮小化・寿命短縮などの障害をもたらしますが、同時に危険なウイルスを媒介する役割も果たします。

 DWV(縮れ羽ウイルス)と呼ばれるウイルスは、元々ミツバチと共存する無害なウイルスです。しかし、ダニの寄生によってミツバチの免疫力が失われることで、ダニに媒介されたDWVは強毒性を発揮します。

 DWVに感染したミツバチには、羽が縮れた奇形がよく現れます。しかし、実際には目に見えない症状の方がより深刻です。DWVは脳神経や分泌腺などの重要組織にまで侵入して、免疫力の低下・方向感覚の喪失・寿命短縮・日令別の分業制の混乱(外勤活動の早期開始)など異常な症状を引き起こします。

 ヘギイタダニにウイルスが加わることで、蜂群の崩壊は一層早まりました。

 ウイルスに有効な薬剤はありません。「ダニ退治」が唯一のDWV対策です。

遅れているダニ対策

 農家の栽培技術レベルが異なるように、養蜂家の飼育技術にも差があります。薬剤耐性ダニに対する公的な指導は皆無で、今も効果が低下した薬剤を使い続けている養蜂家があります。ダニ被害で起きた全国的なミツバチ不足が、ダニ対策が不十分な群まで花粉交配にまわされる悪循環が繰り替えされています。

 ダニ類は薬剤耐性を獲得しやすい代表的な生物と言われます。ヘギイタダニに対しても色々な殺ダニ剤が販売されてきましたが、次々に耐性が獲得されて今もよく使われているのは一種類だけです。これにも耐性度が上昇中です。

 世界のダニ対策の主流は、シュウ酸・ギ酸やチモールなど有機物質の利用に移っています。ダニに対する抵抗性を持つミツバチの育種も進められています。一部ではすでに実用化され、ダニ抵抗性系統の女王蜂が一般養蜂家の間にも普及しつつあります。我が国はこの点でも大きく遅れを取っていて、ようやく一部の養蜂家がオーガニックな駆除対策を始めたところです。ダニ抵抗性系統のミツバチ育種に関する研究もまったく行われていません。

蜂群の寿命への影響

 イチゴに奇形果を発生させることは農家にとって死活問題で、何としても元気でよく働くミツバチを手に入れたいところです。

 ミツバチは一ヶ所で多数の群を飼育することが難しい生き物です。できるだけ少ない数の群をできるだけ離して飼育しなければなりません。したがって花粉交配用ミツバチの大手販売会社も、すべて自家産のミツバチを出荷している訳ではありません。大半は全国の下請け養蜂家から仕入れた群に、糖液や固形飼料が与えられて再販されたものです。一部は出荷元の業者を経由せずに養蜂家から直接配送する業態もあります。この場合蜂の数や貯蜜の量は確保されているとしても、病気やダニに関して責任あるチェックがされているかどうかに疑問が残ります。おそらく安価に入手できるのでしょうが、「当たり外れ」がある可能性は否定できません。

 事実、同じハウスで同じ条件下で飼育しても、長期間活発に働き続ける群もあれば短期間で消滅してしまう群もあります。ダニの多寡が結果を分けているようにも思われます。ダニの寄生状態を知るためには、巣箱の中の蜂を検査しなければなりませんが、養蜂具を持たない農家には無理な話に思われるかも知れません。ところが実際には重症であれば、外から観察してある程度寄生を推測することができます。以下その観察ポイントを紹介します。

⑴ 巣箱の巣門直下に、多くの成蜂の死骸が運び出されている。(写真1)

⑵ 飛べずに徘徊する蜂がいる。(巣箱から遠ざかる方向に進む)

⑶ ⑴⑵の蜂の中に羽の異常や体格の貧弱な個体がある。

⑷ ⑶の蜂にダニが付いている。(写真2)

⑸ 巣箱の巣門直下に密接して、発泡スチロール製の食品用トレイなどを置く。

 自然に落下、または蜂に噛み落とされたダニが見つかる。トレイに油を薄く塗るか油紙を敷いておくと風で飛び散って失われる恐れがない。(写真3)

 以上はハウス内に設置された後に観察する方法であって、残念ながら導入前の群を判定することはできません。しかし、その後のダニの寄生状態を知ることで将来のミツバチ購入先の選定材料にはなるでしょう。

 とは言えミツバチが死ぬ原因はさまざまで、ダニが唯一無二ではありません。

 ハウス内の温度管理の失敗や農薬散布は、もっと致命的な結果をもたらします。

飼育管理の失敗

 農家の中にも、飼育管理が上手で同じ蜂群を長期間使い続ける人と、シーズン中に何度も入れ替えする人があります。納入されたミツバチに問題がある場合の外に、不適切な飼育管理が原因で群が崩壊することも少なくありません。失敗例を紹介します。思い当たる例があれば改善の参考にしてください。

⑴ 温度管理

 ミツバチの活動適温は16℃〜25℃です。30℃以上になるとハウスの外に飛び出そうとして大量死します。実はこれが最多の失敗例です。また30℃は花粉が活性を失う温度でもあります。適温管理は最重要条件です。

⑵ 巣箱の密閉

 ミツバチは訪花や排泄または吸水のために、常に野外で飛びまわる生物です。

 巣門が閉じられるとミツバチは外に出たがり騒ぎ始めます。騒ぐと巣内温度が急上昇し、群が全滅することもあります。(養蜂家はこれを「蒸殺」と呼びます)

 害虫防除が必要な時は、ハウスの外で巣門を開放したままにしてください。働き蜂の一部は迷って失われても、数日以内に訪花する蜂が現れます。内勤蜂が外で働き始めるからです。ただし厳寒期に巣門を閉じて約3日間暗所に放置することはできます。新規に巣箱を導入する時も、巣門を閉めたままハウス内に放置することは厳禁です。夕刻にそっと導入して巣門を開放してください。

⑶ 農POフィルム

 UVカットの被覆フィルムがイチゴハウスに使われることはまずありません。

 しかし、農PO製のフィルムも初年度には問題が発生する傾向があります。

 蜂が飛び回るばかりで訪花せず、また方位感覚を失い巣に帰れなくなるようで、しばしば短期間で群が消滅してしまいます。原因はまだ特定されていませんが、多くは翌年には問題解消するところから、フィルムに塗布される可塑剤などの影響が考えられます。POは全ての点で塩ビに優る素材で、さらに普及が進むはずです。中には問題のない製品もあり、今後の検証が必要と思われます。 

⑷ 農薬の影響

 近年は、少なくともハウスイチゴのミツバチへの目立つ被害例は減りました。しかし、決して影響0になった訳ではありません。急性中毒の被害は消えても、微量の残留農薬による慢性的な影響は今も続いていると思われます。

 ミツバチは暑い時には野外で水を吸って巣に持ち帰り、巣の表面を濡らしながら羽で風を送って気化させます。群が協同で行う自然のクーラーです。

しかし、ミツバチはハウス内では100%安全な飲料水を得られません。イチゴの葉の露滴には浸透性農薬が含まれる可能性もあります。別に水飲み場を設置してやることは、農薬の体内蓄積からミツバチを守ることになります。

最後に一言 

 イチゴ栽培は長期戦です。栽培の大切なパートナーであるミツバチが長く生き続けられるような飼育管理をしたいものです。

 健康な蜂群が適切な飼育管理をされれば、翌年の春まで群が維持されてイチゴの後も引き続き夏野菜の授粉に使うこともできます。

「健康な蜂群の入手」と「適切な管理」がそれを可能にします。

文責: (有)俵養蜂場ビーラボクリニック

 

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